2021-01

三遠

宗教問題へのスタンスの明示

日本史や郷土史研究をしていると、修験や仏教、神道、儒教などを始め様々な宗教が深く関わってくるので神々について執筆をしてはいるのですが、特定の宗教への勧誘目的ではないので、スタンスを明確にした方が良さそうです。どこまで書くか迷っていた話ですが...
ええじゃないか

神仏集合と八幡神

東三河の重要な神社を始めとして、志多羅神事件に関わる石清水八幡宮、平将門を新皇にするお告げをした巫女等に、八幡神が関係しているのは何故でしょう。一般的な説によれば538年に仏教が伝来し、神と仏が同じとする神仏習合が進み、最も早く神仏習合した...
ええじゃないか

志多羅神と古代王権

謎多き神である志多羅神の発祥地は摂津国河辺郡(兵庫県川西市)周辺とされ、一見、私の提唱している奥三河との関係は見受けられない様にも思えます。花祭で祀られる「みるめ」が水の神であり、兵庫県と関係する事は花祭の本に書きましたが、兵庫県には高御座...
ええじゃないか

志多羅神の足跡

志多羅神の目的地は石清水八幡とされますが、『梁塵秘抄口伝集』にも志多羅神上京が記され、天慶八年(945)年の時の事件とは違い、長和元年(1012)は鎮西(九州)より上洛し、この時の終着点は石清水八幡宮ではなく、京都の北にある舶岡山だったそう...
ええじゃないか

岩清水八幡宮参拝

志多羅神事件は岩清水八幡宮が目的地とされ、この神社で託宣をするとしたそうですが、勉強不足なのか具体的に何と言ったのかを目にした覚えがありません。用事のついでに岩清水八幡宮に参拝すると広大な敷地の中に神社が沢山あり、散策していると三女神社があ...
ええじゃないか

神泉苑の御霊会

志多羅神上洛事件の六十八年前に、京都の真言宗寺院である神泉苑で、怨霊等の祟りを鎮めるために、御霊会が行われたそうです。この時代は疫病が流行して大勢が死亡し、政治の陰謀のために死ぬ事となった崇道天皇、伊予親王、橘逸勢などの御霊を祀るようになっ...
ええじゃないか

志多羅神事件と平将門の乱

志多羅神事件の時代は平将門・藤原純友の乱があり、貴族から武士の世に切り替わる歴史の転換期でした。豊橋の飽海神戸神明社は平将門の乱の平定に際し、朱雀天皇により伊勢の神宮に寄進されたとされ、ここにも平将門が関わってきていますね。『平将門の深層』...
ええじゃないか

志多羅神上洛事件

豊橋初の「ええじゃないか」に類似したものに、志多羅(したら)神上洛事件が存在しています。柳田国男、柴田実、戸田芳美などの研究者が既に扱っている事件ではありますが、この周辺も掘り下げると色々ありますね。平安時代末期の歴史書『本朝世紀』には、天...
ええじゃないか

「ええじゃないか」発祥の地

豊橋で「ええじゃないか」と聞く事が多いですが、中身を詳しく知る機会はどれ程ありません。一般的に「ええじゃないか」発祥の地は、豊橋の牟呂八幡宮とされています。飛鳥時代、文武天皇元年(697)年の創建とされているのですが、このブログで散々書いて...
ええじゃないか

豊橋の伊雑社

豊橋の神社をまわると御鍬社を多く見かけます。この御鍬社は伊勢の三宮の一つである伊雑宮が鍬を御神体とするところから名付けられた名前とされているのは知りませんでした。飽海神戸神明社にも御鍬社があり、御祭神の名前も書きたいのですが、まあ実際に参拝...