植物と科学

植物は<知性>を持っている』と言う本を読んだのですが、
巷によくあるスピリチュアル本かと思いきや、
かなり確りとした学術的な本で面白かったです。

日本の植物学は本草学と言う形で実用的ですが、
植物にも仏性を認める感性を持ち合わせています。

西洋の植物学の歴史的な流れが説明されていますが、
こちらではギリシャの時代から議論がなされていて、
人間以外にも魂がるのかどうかを大問題として
議論がくり広げられていたそうです。

アレクサンダー大王の師アリストテレスの文献が
キリスト教に取り入れられる事によって
西洋科学の素地として深層に多大な影響を
行使してきたそうです。

アリストテレスは魂をもっているかいないかで生物を分類。
魂(アニマ・プシュケー)は動く能力を備えている事を意味し、
霊的な意味ではなかったようです。

魂をもつものと魂をもたないものとの相違を
もっとも顕著に示すと考えられているのは、
次の二つの点、すなわち動(運動変化)と感覚することである

後にアリストテレスは植物に繁殖能力がるので
生命をもたないと主張する事ができなくなり、
繁殖だけが可能な低級な魂を持っているとしました。

この考えは長いあいだ西洋文化を支配しつづけ、
啓蒙主義時代がはじまるころまで続いたそうです。

古代ギリシャの哲学者・デモクリトスは、
あらゆる物体は空虚のなかに存在し、
絶えず動きつづけている原子から出来ていて、
植物も動いているとしました。
木々を逆立ちした人間に例える事もしており、
頭を地面に突っこみ足を宙に上げているイメージは、
根に脳のような機能が見受けられるという
近年の研究に繋がっています。

この周辺は私もブログで書いてきた内容で、
案外現代にまで繋がっている問題のようですね。

アリストテレスはギリシャ人以外を差別するよう
アレクサンダー大王に教えていたそうですが、
大王は民族で差別する事を拒否して
コスモポリタニズムを進めていきました。

アリストテレスの文献は断定が多く、
地動説で宗教裁判がおこされたのも
環境破壊の遠因になっているのも、
エリート意識や差別意識がベースにある
学術的な姿勢にも原因があるのかも知れません。

植物の魂があるとするのはプラトンもしかり、
古代中国では普通に草木と会話していて、
アレクサンダー大王が中国にまで遠征していれば
各地のアレクサンドリア大図書館での研究により
植物の魂の問題をはじめとした科学の諸問題も
根本的なところから違った思想をベースに
文明が構築運営されていたのでしょう。

古代ギリシャの哲学に由来する流れが、
動物・植物を差別し自然を物として扱い、
白人至上主義による植民地支配などに
繋がってきたとするのであれば、
問題の根と古代日本が繋がっています。

古代日本にもたらされたギリシャの流れは
どの様な文明を開花させていたのでしょうか。

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