雑草を食べる11

川辺を通ると花が咲いて虫の音が心地よく、
風情のある季節になってきましたね。

綺麗な花を見ながらヨモギを摘んで
家で天ぷらにして食べましたが、
こう言うのは楽しくて良いですね、
自然の豊かなところに住む特権です。

コロナでリモートワークが盛んになり、
田舎に暮らしながら仕事をする人が
増えてきているようですが、
草木ばかりで何もないと思うのか、
綺麗な空気を吸って自然の中で遊びながら
食べられる草を摘んで舌鼓を打つのかで、
幸福度に天地の差がありそうです。

今後は金で贅沢な料理を食べるのを
ステータスにする時代ではなく、
住んでいるところで採れたもので
幸福な人生をおくれるかが
重視される時代になりそうです。

食料自給率が低い日本では、
何かあったら農家に大金を叩いて
食料を買いに来る人が出てくるので、
社会的ステータスが一挙に逆転しかねず、
しがみついているものに価値があるかは
見直しが強要されかねません。

日本でも山の神が降りてきて田の神となり、
収穫が終わると帰っていくとする信仰が
存在していたようなのですが、
農耕儀礼で自然の神々と対話すると、
収穫にも差が出そうです。

岩戸開き神話の天照大神に対応する
デメテル女神の神話には、
クレタ島の三度耕された畑で
イーアシオーンと男女の関係になり、
プルートスを生んだとする詠があります。

この神話はそのままの意味ではなく、
大地との聖婚を象徴していると解釈され、
水や大地などの神々と聖婚する概念が
古代世界には存在していたようです。

曹操の息子が漢水女神に恋するも、
神と人との道が交わらないと嘆く詩が
残されてはいるのですが、
聖婚があるなら体よく振られたのか、
漢水女神は夫持ちなので無理なのか、
中々微妙なところがありますね。

自然の神々と結婚するまでいかなくとも、
自然に対して良い関係を作れるかは
そこでの暮らしの幸福度に関わります。

地元の神社などをまわると、
山神や水神を祀る社が見受けられますが、
挨拶くらいはしておいても良いのでしょう。
普段から周囲の自然に感謝しておけば、
自家栽培をしても収穫に期待出来そうです。

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