ミューズと国家

プラトンの『国家』の第六~八巻には、
ミューズの女神達の守護する領域が、
国家とどの様に関係しているかが
議論される記述が存在しています。

これまで語られてきた国制は、
このムゥサの女神の哲学が
一国を統治した時にこそ実現したし、
実現しているし、実現するだろう。
このような国の在り方は、
それ自身けっして不可能ではなく、
不可能な事を語ってはいないのだから。
ただその実現が困難である事は、
我々も容認しているところだ。

天文(占星術)、音楽、幾何学など、
国家運営とは直接関係ないと思われている
様々な学術領域がどう政治に有用なのかが、
想像もつかない深さで語られています。

古代の天文学は占星術と分離しておらず、
天体の物理的な部分のみ派生したのが
現代の天文学となっていますが、
ソクラテスは遥かに深いをころから
天文学を語っています。

現代の占いはこの深い精神的な部分が欠落し、
学ぶ意義が浅いものになっていますが、
これ以外のジャンルも似たようなもので、
様々なものが表層的になっているようです。

アレクサンドリアの大図書館は
ミューズの神殿ムーセイオンの付属機関で
現代にまで多大な影響を及ぼす
学術研究がなされてきた事で知られます。

プトレマイオスによる占星術の研究は
そのジャンルをかじっている人には
言うまでもないクラスでしょう。

プラトンの創立したアカデメイアは
一流の政治家養成のための機関ですが、
幾何学を知らなければ門をくぐるなと
前置きされていたように、
幾何学も哲学的な意味がある事が
『国家』を読むと分かります。

儒教では格物至知と言って
道理に精通する事を基礎とし、
個人から初めて道理を誤魔化さず
家や国を修めて天下泰平の世を
目指す事を伝えていますが、
ギリシャでも同様だったのでしょう。

徐福がギリシャ哲学を持ち込み、
三遠の徐福王朝にこれらが花開き、
舞や音楽などにその痕跡があるのなら、
ロゴスとパトスの調和した文明が
この国に存在したのでしょう。

表面的な解釈の観光事業に流れず、
深い哲学まで理解した上でこそ、
地域振興にどう活用すれば良いかが
明確化してくるでしょう

短期的に人が来て悪い評判を広められるより、
長期的に価値を提供し続けるのでなければ
聖地としての意義が欠落するので、
聞かれたら答えられる程度の基礎知識は
必須のものとなります。

中々時間の取れない人も多いでしょうから、
ある段階までは基礎整備をしようと思いますが、
このブログを読んで感じるものがあれば、
関係した古典に目を通してみる事で、
想像以上の収穫が得られると思いますよ。

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