焚書と宗教進化論

初期の宗教学において関心が持たれのは、
宗教の起源と言う一大テーマであったようです。

産業革命以降のヨーロッパでは、
自分たちの宗教である一神教が最も進化し、
多神教やアニミズムは劣ったものとする
暗黙の前提が存在していたそうです。

英国ではジャン=ジャック・ルソーが
偶像崇拝と多神教を人類最初の宗教とし、
人間の発展と共に一神教が現れたと主張、
フランスではオーギュスト・コントが
呪術崇拝 〉 多神教 〉 一神教とする
宗教進化論を提唱したそうです。

後に科学でキリスト教を否定しても
自分たちを最も優れたものとする思想は残り、
植民地支配や阿片の販売、自然破壊など、
自らが神であるかの如く振る舞っていますね。

一神教を進化の頂点とする考えは、
現代文においても蔓延していそうです。
産業革命以降の流れで美味い汁を吸い、
その歪みに責任を持たない流れは、
根底に慢心が横たわっていますね。

多神教が劣った文明であったとするのは、
ギリシャ哲学を見れば間違いなのが分かります。
古代ギリシャは日本神道に近い思想を持ちつつ
原子論や地動説のようなものにまで言及し、
アレクサンドリア大図書館の研究成果は、
現代にまで多大な影響を及ぼし続けています。

B.C.51年にユリウス・カエサルが
港湾の敵艦隊を滅すために点けた大火で
大図書館の本が燃やされましたが、
これを逃れた本を保持するセラペウムも、
西暦389年テオドシウス帝の勅令で、
キリスト教徒により破壊されました。

アレクサンドリア大図書館の研究は、
科学的な根拠のあるものばかりで
魂や真理を扱ってはいなかったするのは、
歴史的事実であったのでしょうか。

この焚書により一神教が幅を利かせ、
多神教が劣ったものとされる
流れに繋がっているとすれば、
重要な研究が抹消されたとしても、
十分に妥当性はあるでしょう。

中国では秦の始皇帝が焚書を行い、
それ以前の研究は徐福によって
この国に持ち込まれましたが、
壬申の乱以降にこの国においても
焚書が行われたのかも知れません。

壬申の乱周辺にも一神教がちらつき、
類似したものを感じさせますが、
古事記とギリシャ神話の二つの神話が
詳細まで酷似しているのであれば、
想像以上に似た経緯を辿っていそうです。

進化論もダーウィン以外に複数あり、
結局は白人が最も優れたものとして
他を搾取する事の正当化の口実となれば
何でも良かったのでしょう。

現代日本にもこの宗教進化論のように
自然や他の生物を下に見る搾取の正当化は
未だ根強く蔓延っているようですが、
古代の哲学を劣った物とするレッテルを
見直すべき時期なのかも知れません。

人を宇宙と相似する小宇宙とし、
個人のみでなく都市開発や国家運営等の
様々なスケールを宇宙と調和させる哲学は、
人類の存続に多大な価値を提供します。

徐福王朝の復興がこれに一役買えれば、
研究の意義があったと言うものです。

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