雑草を食べる15

セリの生えている穴場を見つけ、
暫くセリ料理を堪能していましたが、
摘む時もセリと対話している感じがして、
持ち帰っている時も気分がよかったのに、
天候のせいか早く旬が終わったようです。

暫くして幹を触るとベトベトし始めて
触っても楽しい感じを受けなくなり、
食べてはいけない味になりましたが、
こちらに向けて食べない方が良いと
伝えてきていたのでしょうか。

植物にも人の健康を思いやる優しさや
知性があるのかは分かりませんが、
最近は花や植物は観察の対象でなく、
対話の対象になってきています。

ギリシャ神話はニュンペー(ニンフ)が
植物にも宿っているとしていますが、
神社の御神木を見ると意識を感じます。

日本も昔は天神地祇と言って、
天地の神々を祀ってきましたが、
地霊とどのような関係を作るかも
都市開発で重視されていた事が、
残されている詩から読み解けます。

地霊との良好な関係を作る事が
都市開発の基礎に置かれていたなら、
現代とは設計思想が根本から異なります。

徐福が孔子の全経典を持ち込んだと
『神皇正統記』に記されていますが、
古代ヤマトにもこの思想をベースに
天地と調和した文明が存在したか、
独自に発展していた可能性もあります。

現代では地球環境保護の観点から
自然との調和が語られていますが、
山や川にも様々な神が宿り、
彼らと対話し良い関係を作っていく
古代の精神と比べてどうなのでしょうか。

根本に人間の思い上がりがあるのなら、
地球環境保護もただのマッチポンプで、
人としての立ち位置を弁えない
責任を棚上げしたものになりかねません。

道端に咲く花にも精霊が宿るなら、
彼らに声をかけてみる事で、
新たな世界が見えるかも知れません。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする