南朝の歴史が隠される事により、
奈良・京都中心の歴史観で
日本が運営されてきたとすれば、
どの様な問題があるのでしょうか。
これを考える上で必要とされるのが、
古代ヤマト王権の政治思想でしょう。
倭王・武は中国と交渉する時に、
東は五十五ケ国、西は六十六ケ国と、
東西の国々を統治していった事を
説明した記述が残されています。
魏志倭人伝には百余りの国が
存在していた事を伝えているので、
この国の数はそれに対応しますね。
西は朝鮮半島も含まれているので、
西の国の数が多いとすると、
東西でバランスが取れています。
日本列島の東西の中心は三遠であり、
ここにヤマトタケルの痕跡があり、
ここを中心に東西を統治したなら、
三遠は東西のバランサーとなります。
西日本中心の歴史観に対して
東日本中心地歴史観を出す事は
左から右へバランスを崩すだけで、
双方に強みと弱みが存在し、
これらを上手く活用する事で、
より高い動きを出す中庸に反します。
古代ヤマトでは舞が重視されますが、
右半身か左半身かの様な議論では、
全身をバランス良く高度に使う事で
美しく舞う事を追及していく事よりも、
遥にレベルが落ちた内容となります。
経済学に詳しい人に話を聞くと、
日本の経済学は二次元の経済学で、
アメリカは四次元と言っていました。
変化し続けていく状況に対して、
高度なバランス感覚を発揮するのは、
多くのジャンルで要求される事でしょう。
昔の日本人には丹田や正中線などの
バランスに関わる身体感覚が強くあり、
心身共に自らの中心や軸の確保が
出来ていた状態であったのならば、
現代より優れた部分があります。
個人でもバランスを崩すと害がある様に、
国家でもバランスを崩すと害があります。
西日本中心の歴史観はこのバランスを崩し、
一部にのみ都合がよい歪んだ社会を
作り出す要素が含まれていないでしょうか。
一神教では太陽神のみ重視しますが、
ギリシャ神話では冥界の王ハーデスも
悪魔とは関係ない全うな神です。
男と女、昼と夜、生と死などで対立する
二極対立の世界観はバランスを崩し、
生に過剰に執着して身勝手をしつつ、
死を恐れる現代文明の歪みにも繋がります。
自分さえ良ければ他がどうなっても良いと、
贅沢の維持のために地球を破壊しつつ、
人に押し付けて逃げ切ろうとする姿も、
根本にはこの歪みがあるのでしょう。
アレクサンダー大王は東西融合の
ヘレニズム文化を作りましたが、
三遠の徐福王朝にはこのヘレニズムが
色濃く影響を及ぼしています。
現代は三遠も静岡県と愛知県に断ち切られ、
各々が逆の方向を向いている状態ですが、
本来の中枢としての働きを取り戻す事が、
今後の日本が飛躍するための条件として、
必須のものとなると考えています。