南朝と伊勢神道

伊勢外宮の神官であった度会家行は、
伊勢神道の大成者とされるに止まらず、
北畠親房を支援し軍事にも関与しました。

家行は『類聚神祇本源』の中で
「機前論」を展開しており、
世界が生成される以前の混沌状態の
機前こそが我が心の本源であり、
そこに神の本質があるとし、
清浄の重要性を説いています。

これは朱子学で重視される『中庸』にある

喜怒哀樂之未發。謂之中。發而皆中節。謂之和。
中也者天下之大本也。和也者天下之達道也。
致中和。天地位焉。萬物育焉。

と喜怒哀楽の発せられる前の「中」に
通じている表現となっていますが、
どちらかと言うと教義に偏り勝ちな
悟った気分に浸るだけでは意味がなく、
政治の現場で使えるようにしていく
朱子学も併用されたと見れそうです。

機前論は儒教の『大学』にも通じており、
南朝で朱子学は伊勢神道と本質を一にする
実践神道として重視されたのでしょう。

機前論はギリシャ哲学にも見受けられ、
プラトンは『パイドン』でこう記します。

しかし、(魂が)自分自身に還るとき、……
別の世界、すなわち、純粋性・永遠性・
不死性・不変性の領域に入っていく。
それらの性質は魂と同族であるがゆえに、
魂は常にそれらと共に生きる。
魂が独存の状態になり、
妨げを受けなくなったとき、
魂はもはや道を踏み外すのをやめ、
不変なるものと一体になり、
その状態が常に不変となる。
そして魂のこの状態こそが
叡智と呼ばれるものなのだ。

神的で、不死で、叡智的で、単一の形をもち、
分解することなく、常に不変であるもの、
そのようなものにこそ、魂は最もよく似ている。

伊勢神道の根幹に徐福が関わるなら、
徐福が持ち込んだギリシャ哲学が
影響している可能性はありますね。

江戸の儒教の祖とされる林羅山が
神道書を書いている事を考えると、
伊勢神道の没落と朱子学の悪評は、
歴史的な文脈でリンクします。

明治以降に表舞台から消えた
伊勢神道や朱子学などは、
実際は高い水準であった事は
断片でも読めば分かるでしょう。

朱子の著作に目を通さずに、
聞きかじりで語られる事の多い
朱子学の現状を考えると、
そろそろ著作に目を通した上で
議論すべき時期でしょう。

国民性を江戸と比較すると
必ずしもレベルが上がったとは
言い難いものがありますが、
伊勢神道や朱子学は明治以前に
大きな影響力を誇っていました。

南朝の実態が隠された事により、
優れた文化も失われていますが、
もう一度これらを見直す事により、
実社会で活用出来る知恵としての
神道の意義も高まるでしょう。

理屈だけで分かった気になっていたり、
人に色々言うのに自分はやっていなかったり、
都合の悪い事を理屈で誤魔化す等の行為は
儒教で重視する誠に反するものであり、
重大な責任問題に直結していきます。

儒教で言う聖人は太極拳の達人の様に
道に通じた政治を行う達人の事であり、
君子は神に通じる政治を行う者を言い、
政をマツリゴトと言う事に通じています。

自らが実践して示しをつける事が
儒教では非常に重視されているので、
南朝にこの精神があったのであれば、
現代の政治経済よりも遥かに輝ける
水準であった事は確かでしょう。

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