対馬には天道(てんどう)信仰が存在し、
天道信仰の象徴・天道菩薩と同体とされる
タクズタマが祀られているそうです
尊い生まれの女性が太陽の光で受胎し、
男の子・天道童子を出産。
神童の誉れ高く、僧となり巫祝の術を覚え、
上洛した後に帰郷する。
33歳の時に体調不良の祈祷の要請を
天正天皇から受け再び上洛。
見事平復させ、感謝した元正帝は、
様々な恩賞と宝野上人の称号を賜った。
詳しくは本に書いておきましたが、
登場人物が違うものの同型の神話が
東三河にも何種類か存在しています。
タクズタマは神皇産霊と高皇神産霊の子とされ、
古事記とは違う伝承が残されているようです。
詳細は花祭の本を読んで頂くとして、
この天童は役小角と同一の存在で、
壬申の乱を天武天皇と共に戦った
修験の祖とされるこの存在は、
新羅の花郎(ファラン)と関係します。
この周辺も私が壬申の乱を内乱ではなく、
海外からの侵略戦ではなかったかとする
根拠の一つとなっているのですが、
役小角が壬申の乱後の歴史の隠蔽から、
天道として命脈を保ったのでしょうか。
対馬に根拠を持つとされる津島神社も、
半島との交通の中継点として重要な
対馬の古代史と関係するのであれば、
新羅の花郎と修験に関係する神が、
タクズタマと言う事になりそうです。
スサノオが牛頭天王であるなら、
牛の角で鬼神に通じますが、
壬申の乱以前の対馬と新羅に
深い繋がりが存在していたなら、
日本のみでなく新羅も調べなければ、
古代の在り方に近づけないでしょう。
朝鮮半島諸国の中で新羅からのみ
ギリシャ・ローマの痕跡が発見され、
三国史記から隠蔽された古代朝鮮と
倭国の姿を知っていた南朝であれば、
津島神社の復興にもこれらの要素が
関係していた可能性は高そうです。