鍬の神

農作業で用いられる鍬ですが、
豊橋には御鍬社が結構あります。

これは鍬を御神体とする信仰で
伊雑宮発祥とされていますが、
ここでは農耕祭祀が行われ、
神道が重農なのが分かります。

伊雑宮について書ける事は
結構あるにはありますが、
一般的に語られていない話を
『ええじゃないか』の本に
そこそこ記しておきました。

ええじゃないの発祥は
牟呂八幡宮の伊雑宮とされ、
伊勢の祭かと思いきや、
実際の所は古代王権と
密接に関わる話ですね。

伊雑宮の祭と思われていても、
別の神社とも密接に関係し、
古代祭祀に通じている話は
本に書いてはおきましたが、
鍬を祀るのはいかにもです。

この国の根幹に農耕祭祀があり、
明治維新まで継続した流れが、
それ以降にゴチャゴチャとして
不明瞭な状況になっています。

鍬は金に秋と書きますが、
収穫の秋を意味しているのか、
それとも三遠を左右に見下ろす
秋葉山を意味したのでしょうか。

金山彦=徐福説は提唱しましたが、
徐福渡来により農業革命が
なされたとは言われています。

狩猟的な直線的経済活動ではなく、
農耕のようなサイクルを重視する
循環型の経営理論もありますが、
経営にも農業と通じる所があり、
戦後経済を浜松企業が牽引したのも、
農耕祭祀の影響があるのでしょうか。

秋葉山は浜松を鬼門から見下ろし
御神体山ともされている事から、
ここを大事にする事で発展するのが
浜松エリアと言う事になりそうです。

古代では上に点のない鬼と書いて
カミと読んでいた時代があり、
花祭と関わる九鬼文書も、
後醍醐天皇に名を授かった
クカミに由来していますね。

鬼門は穢してはならないとされ、
鬼が神なら神門になりますが、
戦後の浜松の神がかった功績は、
秋葉信仰から来たのでしょう。

ええじゃないかの核心は秋葉信仰で、
全ての道は秋葉に通じると言われた程
膨大な人が秋葉山参詣をした歴史は、
神仏分離で忘れ去られました。

食料自給率が低くリスクの高い現代に
農業を根本から見直したい人は、
秋葉山に参詣してみるのも手ですね。

秋葉寺は山頂から30分程下った場所に
移転する羽目になった経緯があり、
車では行けないので中々寄れませんが、
邪馬台国に由来する修験道寺院として、
参拝する価値は非常に高そうです。

行きたいのは山々なのですが、
中々時間が取れない状況なので、
秋葉山登山企画を立てるのも
ひとつの手ではありますね。

ただ参拝で願い事をするのなら
お礼参りもしないといけないので、
行くなら人生をかけるクラスの
大志がないと後が大変そうです。

首塚に参拝に行き仕事が入ったのに
お礼参りにも行かない態度の悪さで
他の信頼すら失った人もいますが、
本気の願いなら相応の物を背負う
姿勢を見せる必要がありますね。

入り口部分の聖地の紹介は
十分やっては来ているので、
この段階での対応が弱いなら、
余り古代神等と言った話には
関わらない方が良いのでしょう。

御鍬信仰に更に深い話があっても
出して良い方向に動くかは疑問で、
基礎固めからやっていますが、
ブログを始めた当初は三ヶ月程で
ネタが尽きるかと思っていたら、
課題が次々に出て来る事になり、
どんどんキツくなっています。

始めは半年もやらない前提で
書き始めたブログなので、
近所の裏山を上ろうとしたら
富士山だった的な感じです。

本やブログで収益が入っても
ほぼ経費で飛んでいくので、
花祭の記事を十分書いた後なら
いつ止めても良いと言えば
良い状態ではありますね。

金でやるなら他の事をした方が
時間の無駄にはなりませんが、
タスクが増え過ぎるとキツく、
現状ワンオフで自分しかやらない
特殊ジャンルなのが問題です。

私と同水準以上の研究をしつつ、
労力相応の報酬の保証も無いのに
毎日記事をアップして本も書く
拷問のような事を頼める人は、
ほぼ存在しないとは思います。

誰かがやってくれればタダで読み、
自分を棚上げして評価だけして
嫌なら見なければ良いだけなので、
死ぬほど楽になはりますね。

時代的な問題に深く関わるので
敢えて背負ってやっていますが、
相応の姿勢で対応して頂きたいと
考えている所ではあります。

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