道真公の父と天台密教

菅原道真の父・是善と天台密教の関係は、
貞観八年(866)に父の命で道真公が
円仁の『顕揚大戒論』の「序」を書き、

貞観八年、依家君教、為天台安慧座主所製。

と表題の下に記されている事から、
是善と天台座主安慧との関係が
存在していた事が分かります。

行基と共に菅原の里で活躍した
土師氏が菅原氏に改姓したので、
土師氏の傾向が見れそうです。

道真公の曾祖父の古人の代から
菅原家は天台密教と関係を持ち、
彼自身も修行を行っているので、
土師氏は雑教の修行をした上で
古墳を造営していたのでしょう。

死者の霊に関わる古墳には、
霊を扱う様々な知識や術が
必要とされていた事は
想像に難くありませんね。

行基は修験者であったので、
真言・天台密教が導入される前の
雑密に関わっていた事になります。

吉田神道も天台密教と関わりがあり、
吉田兼好も天台密教僧でしたが、
吉田神道にも道真公が関わります。

インテリのイメージしかない
菅原道真公ではありますが、
実際は日本の祭祀領域にも、
深い影響力を行使していた
霊能者であったのでしょう。

この領域の隠蔽が意図的なら、
日本史上重要な要素が
ここに隠されている可能性は
相応のものがありそうです。

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