惟高親王と阿保親王

清和天皇に皇位を奪われた事で
天皇になれなかった惟喬親王は、
六歌仙の一人である在原業平と
交野が原の別邸の渚の院で、
歌を詠んだと伝えられます。

渚の院は現在の京阪本線、
御殿山の近辺とされますが、
在原業平と関係するのは、
余りにも大きな話です。

業平は平城天皇の皇子である
阿保親王の子とされるので、
彼も天皇に連なる人物です。

そしてこの阿保親王は、
橘逸勢の謀反を密告した
張本人とされており、
橘嘉智子に密告したと
伝えられていますね。

卑怯物扱いの阿保親王は
何故か兵庫県に祀られ、
調べると色々出てくるので
参拝に行って来ましたが、
色々と発見があるものです。

阿保親王と関係するのなら、
承和の変に関係していても
不思議のない人物ですが、
この変にサンカネットワークが
密接に関わっていたとすれば、
想像以上に大きな話になります。

阿保親王もかなりの大物で、
書き始めると長くなりますが、
承和の変にサンカが関わるなら、
かなりの規模となって来ます。

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