農耕祭祀本の完成間近

農耕祭祀の本の執筆も
後少しで完成なので、
本文以外に参考文献も
纏めないといけません。

ただ図書館のサイトが、
貸し出し履歴の保存が
1000冊までなので、
調べていたら昔の本が
出て来ない状況です。

ブログ記事の執筆中に
結構読んだはずですが、
ここから1000冊以上
読んだ事になりますね。

困ったので次善策で、
図書館の本棚で調べる
非効率的な作業をしに
出かけて来ました。

道の途中に水田があって、
稲が植わっていましたが
執筆をしているからか、
元気が無く感じました。

米は人と同じ魂を持つ
特別な作物とされて、
認識した女性を扱う様
大事に扱われました。

この周辺はブログ記事で
書いていない領域ですが、
実際はとてつもなく深い
領域と関わっています。

13日には執筆が終わる
目処が立っていますが、
ウエサクに完成とは、
少し神秘を感じますね。

本当は時間があれば、
ライフワークにして
じっくり練った方が
良いのでしょうが、
時代的な問題です。

タイミングを逃すと
死者に治療を施す
愚行となりかねず、
鞭打って書かないと
価値が落ちますね。

日本人の食への業は
余りにも深いので、
飢餓で大勢死んでも
当たり前な状況です。

しかしこの国の深層に
世界的な食料問題への
重要な鍵があるなら、
ここで粘らなければ
価値はないでしょう。

神話の根幹に関わる
領域にも触れるので、
神道の見直しにすら
必須の領域ですね。

食料に関する問題は
調べてもキリがなく、
目処をつける必要が
出て来てしまいます。

どの辺りが必要十分か
人によって認識は違い、
不満の出る人がいても
おかしくはありません。

しかし遥か重要なのが、
実行してどうなったかの
領域にこそ存在するので、
評論家になるのではなく、
実践家としての勝負が、
必須の物となるでしょう。

私の著作を読み低レベルの
内容だと思ったのであれば、
どこがどう問題なので、
自分はこうすると言う形で
勝負しないといけません。

米価格の高騰は末節で、
崩壊への道を進んでいる
現代に生きているなら、
全員が当事者としての
責任を背負っています。

子供のお遊びをしている
時間は残されておらず、
命がけの状況にあるなら、
根幹から見直さないと、
不足と言う物でしょう。

ただ議論の叩き台すらも
出てはいない状況なので、
一石を投じられたなら、
デメテルに報いる事が、
少しは出来たと言っても
良いのかと思っています。

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