三遠の二つの嵩山

湖西市の図書館に徐福の本を寄贈しに行った帰り、
車を走らせていくと綺麗な三角の山があり、
何かしらの気配を感じたので散策してきました。

山の近くに上座神社、麓に摩利支天を祀る東雲寺があり、
東雲寺を参拝すると住職さんが偶々お見えになりました。

住職さんに色々と話を聞かせて頂きましたが、
東雲寺の裏山は嵩山(すやま)と呼ばれ、
山には神座古墳群があるとの事。

登山していくとイワクラがあり、
山を神として崇拝する奈良の三輪山のように
古代山岳崇拝の聖地である事が分かりました。

古墳群に調査は入ったようですが、
基本、金目の物は盗掘にあい闇市場に流れるので、
調査しても大した事は分かっていないようです。

麓の喫茶店に行って話しを聞かせてもらい、
徐福の本を置いてもらって来ましたが、
上座の地名も元は神座であり、
嵩山は豊橋の嵩山(スセ)と関係があるとの事、
三遠の歴史を研究してきた私の土俵です。

東三河の徐福伝承過去記事で書きましたが、
スセには中国から来た人が中国の嵩山に似ていると
嵩山の名をつけたとする伝承が残っており、
この地域には徐福が王朝を作ったものをとする
史料が残されています。

この崇山も古代の徐福王朝で聖なる山とされ、
神座の山として祭祀が行われてきたとすれば、
この山の価値を再認識して地元で大事にすべきでしょう。

秦の始皇帝を欺き不老不死の薬を持ってくると言い
渡海した先で王となり戻ってこなかったとされる徐福。
彼は童男童女三千人と百工を連れてきたとされ、
秦帝国と同水準の国を作れるだけの勢力で
渡来してきたとされています。

この地域に古代中国の優れた文化が
花開いていたとすれば、
田舎のイメージが大きく変わります。

東雲寺も修繕が必要のようですが、
神社・仏閣は政教分離で金が出ないところが多く、
地元民も地域の歴史には余り関心がないようです。

歴史に隠された聖地を表に出すと、
物見遊山やパワースポット参拝のように
敬虔な気持ちで行かない人も来るので
過去記事に参拝に纏わる注意点などを
幾つか書いてきましたが、
奈良の三輪山のように社務所での手続きの後に
登山しに行くようにするなどの
手続きが必要なのかも知れません。

文化の違いと神社参拝

竜神の守護する地
産業革命発祥の地と地域経済

是非とも地元の方達でこの聖地の価値を見直し、
目先の金ではなく日本が過去に見失った大事なものを
もう一度見直すことで今後の生き方を考えられるよう、
地域振興をどうするか考えて頂けたらと思い記事にしました。

三遠全体で様々な聖地や祭が危うい状態なので、
総合的な地域振興で相乗効果を狙って欲しいところですが、
ここと伊勢に纏わる話などは麓の喫茶店に行ったら
聞いてみても面白いと思います。
姫街道の記事とも関わりがありそうですが、
やり方によってははかなり狙えると思いますよ。

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