古代の宇宙観では人体を小宇宙と観ますが、
この考えを家庭や国家にまで広げる考えが
古代中国にありました。
古代中国では天と呼ばれたそれは、
ギリシャではコスモス(cosmos)と呼ばれ、
宇宙を秩序ある調和のとれたシステムとみなす
宇宙観も存在していました。
化粧(コスメトロ)や化粧学(コスメトロジー)も
コスモスと関係していますが、
コスモスが秩序・調和を意味しているので、
顔の美しさも秩序があり整っている事と
考えられたのでしょうか。
人の心、庭園、社会の法などが調和がとれた状態を
コスモスに合致している(kata kosmon)と表現します。
調和=美と考えるのは古今東西変わりないのでしょう。
太極拳を美しく舞う姿がコスモスに合致している様に、
古代中国では都市を天の星座に反映させ、
帝都を宇宙と合致させるようとしいました。
儒教では自分自身の身を修める事から初め、
家、国へと進み平天下を目指しますが、
現代は中間の段階を省いているので
分かりにくくなっている部分もありそうです。
昔は大家族制で家=企業のような時代もあり、
戦国時代は徳川家と武田家の戦いのように
家の概念が今とはかなり違って使われていたので、
家を国家の雛型として見るもの容易かったのでしょう。
国を越えて世界が一家のように調和する世界を
コスモポリタニズム(cosmopolitanism)と呼び、
これを実行しようとした歴史上の有名人に
アレクサンダー大王がいます。
宇宙を指すのにコスモスを用いた最初の哲学者は
ピタゴラスだと言われていますが、
プラトンはピタゴラス派から学び、
その弟子のアリストテレスに繋がります。
アレクサンダー大王の家庭教師であるアリストテレスは
ギリシャ人を優れた民族として他を差別しましたが、
大王は民族のレッテルで差別する事をしませんでした。
コスモポリタニズムはギリシア語の
kosmos と politēs (市民)の合成語で、
人類全体を一つの世界の市民とみなす考えですが、
キリスト教の神の前の平等、八紘一宇、
フランス革命や世界統一政府の構想など、
私利私欲が本音のものから成果を挙げたものまで
様々にあるようです。
身体も様々な器官が各々の働きをして
総合的に関係をもって健康状態が保たれますが、
儒教においても様々な土地の気質を考慮し
同じに扱わない事を唱えています。
江戸幕府は統一通貨と地域通貨を使い分け
バランスの取れた運用がなされていた様ですが、
東京一極化はコスモスには合致していませんね。
交感神経と副交感神経のバランスは
心身の健康状態に影響しますが、
都会と田舎、資本主義と社会主義、西洋と東洋など、
現代社会も二項対立でバランスを崩しています。
花祭の舞のように数人で一つの舞をなすのは
共同体をコスモスに合致させる知恵なのか、
三遠に古代ギリシャに連なる遺産が残されているとすれば、
この地域の文化財や歴史の見直しや活用は、
世界情勢に多大な価値を提供しうる価値を
引き出す事も可能ではないでしょうか。