京都吉田神社への介入

ト部氏は伊憂から出た一族とされており、
亀卜のことを司る下級官人であったものの、
十世紀中頃に平野・吉田両神社の神主である
預を兼ねた事で神祇界に台頭したとされます。

吉田神社は九世紀後半に藤原山陰が創建して以来、
大原野神社と並び京都における藤原氏の氏神として
尊重されて来た神社と伝えられている様です。

この二つの神社の神主を兼ねる事で
卜部氏の地位は不動の物となり、
平安時代末には王氏(白川家)・
斎部(忌部)・中臣の名門伍し
神祇の四氏と称されただけでなく、
他の三氏を圧するまでになります。

しかし私の研究からはこの周辺に
疑問が浮かび上がって来ます。

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