神や死後の世界とこの世の関係を
どのように見るかの議論は、
『愚管抄』等で語られますが、
中世の神道論では後退していき、
慈遍は天台宗の僧侶の立場から
顕・冥の二つの世界の区別します。
人間の目に見えない他界の存在は
『日本書紀』等の神話に説かれ、
古い時代はこの世とあの世が近く
二つの世界の問を往復する伝承すら
語られた時代が存在していました。
時代が下ると二つの世界は遠くなり、
他界の事情を知るのは難しい事と
考えられていく様になります。
慈遍が『唯一神道名法要集』で
あの世の問題を取り上げた後に
近世の国学で重要な論点となり、
平田篤胤がこの問題を取り上げ、
現世の伊勢に対する冥界の出雲の
関係性にまで発展して行きます。
伊勢・出雲の関係は現代の皇室まで
影響を与え続けている問題であり、
この火種を蒔いたのが慈遍なら、
大枠の流れで見ないといけません。
本当に平家より前の段階の神道が
あの世について語らなかったかは
私には非常に疑問なのですが、
両部神道が盛んであったのなら、
神道にも仏教的にあの世の解釈が
存在していた事になりそうです。
国学・復古神道の一連の流れが、
南北朝や信長の時代から続いた
組織的な活動による物であれば、
源氏に打倒された平家の残党こそ、
陰謀の主体として相応しいでしょう。