京都南部相楽郡の椿井村に在住していた
考証家の椿井政隆が創作した椿井文書は
江戸後期の偽文書とされていますが、
中世の文書として流布されました。
依頼者の求めに応じて偽作したとされ、
中世の年号が記された文書を写したので
見た目は新しいのに内容は中世の物と
大勢が騙されて来た書物とされています。
近畿全体に数百点も分布してただけでなく、
現代でも活用される日本最大級の為文書で、
古史古伝を語るより遥かに重視されるべき
偽書となっているのにマイナーですね。
神社の伝承を捏造する事で利害関係を
操作する目的で書かれた物があって、
村間の対立がある所に多く見られます。
昭和四三年(1968)発行『京都府田辺町史』に
戦国時代に山城町(相楽郡旧荞船村)
椿井附近に樁井家と名のる豪族があって、
その家がいつまで続いたかは明らかでないが、
この家に歴史上重要な文書が多数所蔵されて、
『椿井文書』といって有名である。
と述べられている事からも分かる様に
戦国時代の豪族として認知されており、
南北朝から室町時代を経た戦国時代の
豪族とされていたとするのなら、
ここでピンと来る人は多そうです。
椿井政隆は近世後期の国学者とされ、
求めに応じて系図や縁起などの作成も
行ったとされるのが厄介な所でしょう。