江戸中期の儒学者・並河誠所(せいしょ)は、
六年もの実地調査を元に畿内五カ国の地誌
『五畿内志』を編纂する過程において、
数々の延喜式式内社の比定も行いました。
しかしこの比定には疑問が提示され、
後の研究者が批判的に検証しています。
彼に始まる式内社を比定しようとする動きは
国学と結びつきながら盛んになりますが、
椿井政隆もその一角に位置づけられています。
明治政府は神社を介した国民の統合を目論み、
近世におけるこれらの議論を踏まえながら、
式内社を確定させていく中で神社の社格が
重要な意味を持って来たと推察されています。
椿井文書の需要は徐々に高まり、
国家神道が軌道に乗る頃に流出して
爆発的に広められただけでなく、
国学に基づく勤王思想は武士化を望む
富農の身分上昇志向と結びつきます。
ここから幕末から維新期にかけて、
全国各地での勤王思想に基づく
草莽隊の結成に結び付いたとされ、
ここまで見越して偽書を書いたなら
恐ろしい謀略となりそうですね。
儒教では似非宗教家や御用聞き学者は
酌量の余地無しに処刑としますが、
こう言う歴史の大枠を見直してみると
無茶とは言えない印象も受けます。
現代でも神から聞いただの何だのと
勝手な事が言えてしまうのですが、
此方で裏が取れている内容でも
平気で違う事を言って来る人が、
実際にいたりするのが面倒ですね。
倭姫なり某女神なりとコンタクトし
メッセージを聞いた等と言う人に、
三遠に残された様々な物証について
質問をしても大丈夫でしょうか。
某筋から聞いた類いの話や口伝も
裏の取りようが無いのであれば、
言いたい放題も可能になります。
これらに江戸の神道の捏造をした
勢力が関与している可能性が、
ゼロだと言い切れるでしょうか。
大物とのコネがあるオレ大物的な
虎の威を借る狐になってしまうと
簡単に騙されかねないのですが、
妄想ならまだマシな気もしますね。
偽情報を広める目的自体が厄介で、
マトモな所なら嘘を言う位であれば
語らない可能性の方が高いので、
悪事に加担してしまっていれば、
検討せず優越感を満たす動機で
被害を出した責任が問われます。
ここには易姓革命の様な道理でなく、
権力闘争のために手段を選ばない
神の名を語る悪魔との取引の様な、
危険な気配がついてまわります。
神だの宇宙人だの特殊な存在を出し
素人騙しをしている所があるか否か、
現代ではもう卒業していると言える
根拠はどれだけあるのでしょうか。