二系統の祇園祭

豊橋市の祇園祭は壮麗な花火で
知られている祭ではありますが、
本祭は翌日の頼朝行列です。

なぜ祇園祭が行われるかと言うと、
本来は祇園精舎の守護神である、
牛頭天王の神社だったからです。

牛の頭で鬼を連想させますが、
豊橋公園の地で継承された鬼祭が、
地下の飽海遺跡で行われた鬼道と
関係しているとすれば大問題です。

卑弥呼の鬼道が仏教と関係し、
これがアショーカ王の仏教なら、
世界中の神々が仏教に習合し、
これらの神々が悪者にされた
可能性が浮上して来ますね。

花祭も密教の神々が登場しますが、
熊野修験と関係するとされており、
熊野と言えば徐福が関係します。

多くの仏像が安置された寺院は
パンテオンであった事になり、
神仏習合の次元ではありません。

豊川稲荷付近の進雄神社も
牛頭天王が本来の御祭神で、
古の豊川稲荷でも祇園祭が
行われていた可能性すら、
存在している事になります。

頼朝も神護寺に大量の仏像を
安置したと言う話でしたが、
善鬼の面も奉納しているので、
鬼道に通じてはいそうですね。

歴史を研究した上で祭を見ると
一味違った趣が感じられるので、
ローカルな祭とされているのに、
一気にグローバルな雰囲気に
アクセスできる感覚が出ます。

持統天皇が隠れ御祭神として
祀られて来たのが吉田神社で、
京都の八坂神社よりも古い
歴史を持っている可能性が、
十二分に存在していそうです。

本来の祇園祭はこちら側であり、
京都のそれとは系統が違っている
可能性すらも存在していますが、
京都側は既に研究されています。

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