水戸学と尊皇思想

水戸学の尊皇思想は以下の文から
基本的な所が見れるとされています。

幕府、皇室を尊べば、すなわち諸侯、幕府を崇び、
諸侯、慕府を崇ベば、すなわち家臣、諸候を敬す。
夫れ然る後に上下相い保ち、万邦協和す。

幕府が皇室を尊ぶ事で諸侯が幕府を敬い、
諸侯が幕府を敬う事で家臣が諸侯を敬い、
こうしてはじめて上下の秩序が保たれ、
世の中に平和がもたらされるとします。

幕府すなわち将軍が皇室・天皇を尊ぶ事が
水戸学における尊王思想の基本とされ、
明治維新における過激な行動原理とは
若干異なる感じも受ける所がありますね。

しかし江戸幕府が鎌倉・南朝を継承したなら
北朝天皇を尊ぶ事は基本的にあり得ない話で、
幕府の管理下に置き飼い殺しにした上で、
権威だけ利用するのが基本方針でしょう。

将軍が天皇を敬わなければ国が乱れると
脅しをかけたのが尊皇思想の基本であり、
幕府が天皇の権威を利用する事により
征夷大将軍となって江戸幕府を構築した
状況を逆手に取った思想なのでしょうか。

幕末の日米和親条約の周辺の段階でも
形式的に天皇に通しただけで無視をし、
幕府側で事を進めていたようですが、
尊皇思想を元にぶち切れた流れから
倒幕が進められて来ていますね。

この段階までに国学派の勢力拡大や
尊皇思想の流布が無かったのなら、
明治維新を起こすだけの原動力が
存在しなかった可能性があるのか、
私には断定しかねる所ではあります。

しかし倒幕を目論み計画的に進めた
陰謀が結実する流れであったのなら、
二百年越しの悲願が達成される機会の
準備が結実した事になりそうです。

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