東京に行くと靖国神社ともう一ヶ所、
近隣の社に参拝に行く事が多いですが、
どれだけ戦争について詳しいかには、
個人的に微妙なところがあります。
ただ戦艦大和の設計に関わり、
沈む時に館長が全員避難をさせ
敬礼しながら沈んでいった姿を
見た人の話は直接聞きました。
当時の話を聞くと精神性の高さが
感じられたりもするのですが、
犠牲になった人達が情けなくなる
生き方をしたくは無いですね。
最近語られている精神性には、
この辺りの話を聞いていても
微妙な感じを受ける事が多く、
なにか彼らを鞭打つような、
感触を受ける言説もあります。
昔は昔で大変な事はありましたが、
現代は現代で大変な事であったり
やらなければならない事があり、
状況が違えば戦略戦術も変わり、
苦労の質も変わっては来ます。
終戦時にアメリカが鞭を打つより
飴を持って来る事を懸念する声が
存在していたそうなのですが、
懐柔されて骨抜きになった姿は、
懸念通りのものなのでしょう。
明治維新以降に日本が起こした
戦争についての書籍は多いですが、
天皇を中心とした事は確かです。
この周辺も調べれば色々と出るのは
間違いの無い話なのでしょうが、
尊皇攘夷思想は水戸学がなければ
存在しえなかったものでしょう。
私の南北朝の二系統の天皇の研究は
既存の枠組みとは異なる物であり、
これを検討するかしないかによって、
戦争の解釈が大きく変わる可能性も
ゼロでは無いと思ってはいます。
私は平家の残党が江戸を裏工作で
おかしくしなかったのであれば、
江戸幕府が欧米列強の無茶に、
かなりのレベルで渡りあえた
可能性は高いと踏んではいます。
と言うか信長が本能寺で死なず
躍進を続けていたとするなら、
世界史が全く異なる展開となる
可能性すら高いと睨んでいます。
信長を殺したのが平家であった
可能性があると思っていますが、
中々ここまで研究を行う余裕を
持てそうもありませんね。
信長の本を書く所までいけば、
バチカン等の話題にも触れる
展開が可能になって来ますが、
一足飛びでは色々と言われて
説が崩されるだけでしょう。
ただルネッサンス等については
現代に直通のテーマでもあり、
12星座の本で触れておきました。
分厚くない本である事も考慮し
価格も押さえようと思いますが、
歴史を知ると現代の見方すらも
変わって来るのが凄い所です。
ルネッサンスが起こらなければ
大平洋戦争も怒ってはおらず、
世界史上の様々な問題の深層に
ペルシャが存在する可能性が
非常に高いのが厄介な所です。
ユダヤもペルシャと関わり、
平家こそが本丸であるのなら、
日本こそ地球で最も闇が深く、
光に照らす事をしなければ
同じ悲劇を繰り返しかねない
業を負っているのでしょうか。