国体と天皇制

イギリスが薩摩の宝島で略奪事件を起こし、
幕府は異国船無二念打払令を発布しました。

正志斎はこれを千載一遇の好機と捉え、
国家意識を高め一大改革を断行するため
翌三月に執筆を開始し藩主であった斉脩に
上呈したのが「新書」とされています。

「新論」は序文と五論七篇で編成され、
国体・形勢・虜情・守禦・長計の
五章から成り立つ五論にプラスして、
上(国家論)・中(軍制論)・下(経済)の
三節七篇に国体が分かれている構成です。

「新論」が初めて国体が天皇制的な意味で
用いられた書とされてはいるのですが、
皇袓神が忠孝の教えにより建国して以来、
天皇を中心に国家を維持してきたと言う、
曖昧で非合理的な解釈に止まっています。

「新論」の序文は危うい一文で始まります。

謹しんで按ずるに、神州は太陽の出づる所、元気の始まる所にして、天日之嗣、よよしんきょく(天子の位)を御し、終古易らず。固より大地の元首にして、万国の綱紀なり。誠によろしく宇内に照臨し、皇化の曁ぶ所、遠遠(遠近)あることなかるべし

日本は出る所にあり、天日之嗣の天皇が永遠に統治し、
大地の元首なので天皇が世界に君臨すべきであると、
天皇による世界支配の不合理な根拠を提示しています。

これに続きヨーロッパ諸国を股脛として差別し、
アメリカはその背後にある愚かな国としますが、
この思想が古神道の日本が世界の中心とする
思想に繋がっているのも厄介な所でしょう。

日本を神国とする思想は国家神道で
語られる様になって行きますが、
大本教などでも語られる様になり、
スピリチュアル界隈に繋がります。

これらは別系統の様で根底的には
繋がっている可能性がありますが、
私が倭国の価値を認めているのは
ヘレニズムを根拠にしています。

ここで日本を神国とする思想には、
ペルシャ等の一神教的な雰囲気が
濃厚に感じられて来る物ですが、
古代にユーラシア大陸の大部分を
支配したペルシャの残党こそが
平家=北朝説に繋がって来ます。

そしてこのペルシャを打倒したのが、
東西交流のヘレニズム文化を作った
アレクサンダー大王であった事も、
因縁深い話しとなって来ます。

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