吉田松陰自身が水戸学の影響を
受けていた事を公言しており、
松下村塾で吉田松陰は水戸学を
教えていた事にもなります。
長州藩の尊王攘夷は水戸学の影響が
非常に強いものとなっており、
明治維新と水戸学は深く繋がります。
松下村塾では初代総理大臣の伊藤博文、
久坂玄瑞、吉田稔麿、高杉晋作や、
第三・九代総理大臣の山県有朋も学び、
吉田松陰を通して水戸の思想の影響を受け
幕末の討幕運動の中心として活躍し、
天皇を頂点とする明治政府を築きます。
徳川光國が一揆を起こされてまで
『大日本史』を編纂した目的を
彼らが実現した形になりますが、
彼らと対した最後の将軍・慶喜は
水戸藩第九代藩主・斉昭の息子で、
幼年期に水戸で過ごしていました。
徳川慶喜も弘道館で正志斎の教育を受け、
幕末に敵対していたはずの両陣営が、
会沢正志斎の影響を受けていました。
江戸初期から幕末にかけて水戸学が
様々な人物と関わり天皇政権樹立に
動いていたとするのであれば、
かなりの長期計画を運営するだけの
基盤が存在していたのでしょうか。
表で名を知られていない人物も
数多く関わっていた可能性があり、
幕府に知られず活動していたなら、
秘密結社的な存在を想定しても、
おかしくはない話になりそうです。