寺と鳥居

豊川稲荷の特異性の一つに、
寺院の参道に大鳥居が二つも
聳え立っている事があります。

曹洞宗寺院とされますが、
室町時代以降に建立された
大鳥居のある曹洞宗寺院は
どれだけあるのでしょう。

AIに聞いてみたのですが、
奈良時代の寺院に鳥居が
存在する物があると言う
回答があったりしますが、
比較対象としてN.G.です。

寺院の境内に鎮座する社に
小さな鳥居があっても、
比較対象にはなりません。

豊川稲荷だけの特異性なのか
未だに分からないのですが、
神仏分離で大鳥居が撤去された
曹洞宗寺院が存在するのかも、
良くは分からないところです。

ただ大鳥居が存在する寺院は
付近の三明寺も該当しますが、
これは豊川稲荷を含めての
三社詣でに含まれた寺院です。

三社詣でには豊川進雄神社も
含まれてはいるのですが、
神社なので鳥居がある事は
当たり前と思われそうです。

しかしここの本来の御祭神が
スサノオノミコトではなく、
祇園精舎の守護神とされた
牛頭天王であっただけでなく、
豊川稲荷前の門前町の街道も
祇園通りとなっていますね。

本来がアショーカ王系の
寺院であったとすれば、
三社が同時期に建立され、
アショーカ王系の寺院の
鳥居的な構造物が置かれた
可能性も浮上して来ます。

Great Stupa – ancient Buddhist monument. Sanchi, Madhya Pradesh, India

室町時代以降に建立された
曹洞宗寺院であったなら、
豊川稲荷に祀られる仏達は
バリエーションが豊か過ぎ、
密教系も多く含まれます。

密教系と言えば伊勢神道も
密教の神々が登場するので、
修験道的な領域に通じます。

豊川稲荷は菅原道真なども
祀られてはいるのですが、
菅原道真も密教修行をした
土師氏に連なる人物です。

本来が修験道系密教寺院なら
僧侶は修行を積んだ霊能者で、
神仏を盲信するのではなく、
コンタクトをする対象として
扱った部分もありそうです。

古の寺は政祭一致の行政機関で、
アショーカ王の碑文に見られる、
修行により神々と交流をした
政治がなされていた可能性が、
非常に高い事になりそうです。

政治がマツリゴトと呼ばれた
本来の在り方がここにあり、
南朝天皇までこの政治形態を
継承して来た可能性すらも、
浮上して来る事になります。

豊川稲荷の独特な空気感は、
歴史を調べれば調べる程に
雰囲気の理解が深まっていく
感覚があるのが面白い所です。

歴史研究も文献だけでは
行き詰まる事が多くあり、
打開のために現場に行って
全身全霊で雰囲気を感じる
重要性は身に沁みています。

72年ぶりの御開帳こそが、
ダキニ=イシス=デメテル=
天照大神との新たな縁を結ぶ
重要な儀式であるとするなら、
建て直しのセレモニーですね。

一神教圏の支配構造が崩壊する
流れにある現代社会において、
崩壊後に何を創造していくかが
重要なテーマとなって来ます。

誰かが都合の悪い事をやって
解放してくれる事を待つより、
未来の創造のための種を撒く
必要性は無いでしょうか。

自分自身で蒔いた種を収穫する
サイクルが途絶えていたのが、
高度経済成長期〜バブル崩壊後の
失われた数十年であったなら、
新たな種を蒔き始めなければ、
自身の未来の保証はありません。

最古の文明に関わる神殿が
この国に存在するのなら、
最先端を切り拓く鍵すらも
この国にあるのでしょう。

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