江戸の神道と国常立尊

『日本書紀』神代紀の注釈書である
忌部正通著の『神代巻口決』は
1367年の成立とされていますが、
近世の偽作とも語られています。

天御中主神・高皇産霊尊・神皇産霊尊の
造化三神が国常立尊に帰一すると説き、
朱子学をベースに日本国の永遠性を
説いている書物とされていますね。

山崎闇斎はこの書を引用しており、
江戸初期の神道の二大潮流の双方で
国常立尊が尊重された事が分かります。

明治維新以降の国家神道で国常立尊を
廃除した展開が確認されるのですが、
大本教が国常立尊を艮の金神として
一大ムーブメントを起こした事を
知っている人達は多いと思います。

これは某オカルト雑誌が広めており、
精神世界の書籍でも扱われたので
断片的な認識は広まってはいますが、
国常立尊そのものの歴史的な認識は、
まだまだ弱いのではないでしょうか。

問題となるのがこの国常立尊が
別系統の神道で語られた事で、
林羅山や両部神道の国常立尊と
国学派のそれが同じ存在だと、
断定する事は出来るでしょうか。

この周辺が複雑な経緯を辿っており
簡単な説明では済まされないので、
私が結論だけさらっと語っていても
背後に相応の研究が存在する事は、
多少なりとも認識出来るでしょうか。

伊達に図書館で借りられるだけの
本を借りて読み続けていないですが、
地元の図書館に無い本も沢山あって、
国会図書館でないと難しいですね。

三遠の歴史は地元なので強みがあり、
実地調査や豊富な郷土史料を元に
尖った展開が出来てはいますが、
江戸の神道なら東京が強いです。

私が東京で羨ましいと思うのは、
仕事の話しで行く必要性があり、
イベントや習い事に強いのと
国会図書館がある程度なので、
たまに行けば十分な感じですね。

土や川や自然のある方が好きで、
自然と対話する感覚が無いのに
通勤がヤバい東京に住みたいとは
中々思えないのが現状ですが、
在住の人からが見栄が大きいと
聞かされる事もありますね。

しかし本格的な研究となると
通うのが大変な事もあり、
資金力が無いと厳しいのが
痛い所になって来ます。

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