天祖神社と艮の金神
古地図には八丁堀の天祖神社から東に五丁(500メートル)ほどの場所に、九鬼式部少輔の屋敷が画かれています。 九鬼家は寛永九年(163...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
古地図には八丁堀の天祖神社から東に五丁(500メートル)ほどの場所に、九鬼式部少輔の屋敷が画かれています。 九鬼家は寛永九年(163...
東京の八丁堀に鎮座すしている天祖神社は天祖(天皇の祖先)と匂わせているものの、御祭神は伊佐波登美命と王柱屋姫命で、イザワと言えば伊雑宮に通...
『旧事本記大成経』は山崎闇斎にも影響を与えた書とされていますが、闇斎が日本のDSのエージェントなら、この書もそちら側により偽造された危険な...
江戸の地に伊雑太神宮が建てられた頃、伊雑宮のある志摩國答志郡磯部村では大きな動きが存在していたそうです。 神宮司庁発行の「皇大神宮別...
『先代旧事本紀』を見て気になるのは、『古事記』『日本書紀』は天皇の祖を天孫降臨したニニギとするのに対し、ニギハヤヒを重視している事です。 ...
『先代旧事本紀』は平安中期~江戸時代中期に『古事記』『日本書紀』と並ぶ古典とされ、重要な史書として信じられて来たと言われます。 この...
天皇の儀式として鎮魂祭があると語られて来ているのですが、鎮魂祭の詳細を記す最古の史料は『貞観儀式』とされている一方、起源伝承を記すもう一つ...
明治時代に『先代旧事本紀』を研究をした神職の御巫清直(みかんなぎきよなお)は、興原敏久(おきはらのみくに)を編集者と推察していた事が彼の本...
延佳は神道古典の校訂作業も行なっており、『先代旧事本紀』を校訂した『鼇頭旧事紀』、本居宣長にも影響を与えた『鼇頭古事記』等、様々な書物に関...
伊勢で大規模な廃寺政策を行った、山田奉行の桑山貞政は何者でしょう。 桑山貞政(さだまさ)は1613~1700年、江戸時代前期の武士と...