五部書と吉田神道批判
吉見は享保四年(1719)に従四位上昇叙で上京した時に吉田家と論争して以来、吉田家(ト部氏)の神道支配の問題を国史の事実を元に明らかにしよ...
吉見は享保四年(1719)に従四位上昇叙で上京した時に吉田家と論争して以来、吉田家(ト部氏)の神道支配の問題を国史の事実を元に明らかにしよ...
懲りもせずにまた本を一冊書き上げてしまいましたが、4日の23時終盤までかけて何とか書き終わったので、しわ寄せなく済みました。 ...
吉見幸和は名古屋東照宮神主である正四位民部大輔吉見恒幸の第三子として名古屋に生まれ家督を相続しました。 彼は『五部書説辨』で五部書を...
今日は本を書き上げれたので、豊川稲荷の祭に行って来ました。 5月5日のゾロ目で縁起が良く、出版の祈念にも良さそうなので、ガッツリと周...
『倭姫命丘記』は神道五部書の中にあって、特異な位置付けがされる書とされています。 『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』『伊勢二所皇...
『倭姫命世記』の校訂作業の過程において、闇斎が北畠親房の業績を積極的に参照したと伝えられているのが気掛かりな部分です。 彼は以前から...
『倭姫命世記』は「神道五部書」の一つですが、江戸時代初期には伊勢の神宮で失われていたとされ、江戸前期の外宮神官で伊勢神道の中興の祖とされた...
イスラエル十支族の本の執筆で、ギリシャ神話の捏造についての歴史にも触れておいたのですが、ギリシャ神話は西洋占星術とも密接に関わっていますね...
先週末に東京に行ってきて、ニコニコ超会議も寄りました。 某生主さんに会いに行ったらめちゃ怪しい人が来たと言われ、色々な話しで盛り上が...
永仁四年(1296)内宮・外宮禰宜が連署した注進状の先例を破ったのが、外宮の渡会氏だったとされています。 度会氏は「豊受皇大神宮」と...