闇斎の祖先は殆ど分かっていないそうで、
闇斎自身書いた『山崎家譜』にしか、
家系についての記述が残っていません。
ここに記載された最初の祖先は
播磨国の曾祖父の清栄であって、
それ以前は分かりません。
彼は承応二年(1653)三六歳の時に
結婚したとされているのですが、
『山崎家譜』や『闇斎年譜』には、
「鴨脚氏女」とだけ記されています。
名前も年齢も詳細な情報はありませんが、
『山崎家譜』は結婚の前年に作られたと
語られている様ではありますね。
比叡山や様々な寺院で仏教を学び、
朱子学に出会った事で還俗した後に
垂加神道を創出したとされますが、
余りにも謎が多い人物ではあります。
鴨脚(いちょう)氏は京都の下鴨神社の
神官を務める家系とされていますが、
鴨長明もこの家系の人物だそうです。
上下の賀茂神社の仲が悪かった事は
現場で色々と聞かされましたが、
下鴨と言えば八咫烏に関わって来る
可能性が高いので妄想を生みます。
某界隈では秘密結社の八咫烏が
国の裏で云々と言われる様ですが、
私はこれらの情報は歴史の捏造が
含まれていると考えています。
私の研究では八咫烏にも三系統は
存在していた可能性があるので、
即座に日ユ同祖論に結び付けるのは
危険性が高いのではと思っています。