鴨脚氏は下鴨神社の社家を代表する家柄で、
現在でも京都の下鴨の地に留まっている
唯一の世襲神職の家柄とされています。
下鴨神社では鴨脚氏だけでなく
梨木家や松下家などがあって、
もともと鴨脚氏は禰宜の下で
祭祀等に従った祝(はふり)家の
一つだったと言われています。
闇斎は鴨脚氏の女との結婚により、
京都の社家のネットワークとの
関係を恃った可能性はありますが、
それ以前にも問題があります。
江戸時代に自由恋愛で結婚したかは
かなり難しい問題があるのですが、
仲立ちについては良く分からず、
どうやって関係を持ったのかは
闇の中と言う事になりますね。
垂加神道系の門人の梨木祐之は、
応仁の乱後に途絶えていた葵祭を
元禄七年(1694)に再興しますが、
闇斎の晩年に入門したとされ、
彼の介在では無さそうです。
若き闇斎が社家に属する鴨脚氏と
どうやって関わったかを考えると、
背後に組織的な物が存在していた
可能性も視野に入って来ます。
となると彼の神道の活動も、
背後の組織の目的の一環で
行われた可能性が浮上し、
この組織が立てた長期計画の
江戸幕府を覆すための布石が、
江戸初期の国学なのでしょうか。