イスラエル第三神殿
去年は菅原道真の本を早急に仕上げる事にしたのですが、ある懸念への対策も含めて内容を盛っている本です。 豊川稲荷や邪馬台国...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
去年は菅原道真の本を早急に仕上げる事にしたのですが、ある懸念への対策も含めて内容を盛っている本です。 豊川稲荷や邪馬台国...
今日は観真寺の火生三昧に参加しに行って来ました。 前回は三輪鳥居だったので、形状が違うのが気になって質問してみたのですが、経...
このブログで菅原道真編をアップして来たのですが、道真公の本を出版しました。 とは言えどブログを読めば分かる程度の同水準で...
一年以上前に道真公の記事を書き終えてはいたのですが、この程度で良いと思う辺りで取り敢えず終わっていても、更に色々と出て来ますね。 ブ...
『契丹古伝』の「旧史」は、ヤマトの記述から始まっています。 塢須弗(ウスボツ)の耶摩駘記に曰く、その国、つまりヤマトの国がいまだに滅...
『契丹古伝』後半(第二十一章以降)は「歴史編」に分類されていますが、西から東大神族に対する侵略があり、中華思想が形成されていく経緯が記され...
契丹古伝は漢字で記されていますが、当日は契丹文字が成立していました。 契丹に滅ぼされた渤海は東丹国とされ、渤海も含めた広域な旧史書を...
大抵の古史古伝は盲目的に信仰されるか、徹底的に粗探しして否定されるかの両極端な対応がなされる事が多いですが、翻訳者の浜名氏自身が『契丹古伝...
契丹は大帝国を築いた後に、燕雲十六州まで後退しますが、中国本土を統一した宋ですらも契丹に毎年莫大な黄金と絹を貢じ、何とか和平を保ったとされ...
日本が契丹に最後の朝貢をしたとされる1092年の国内情勢を見てみましょう。 後三条天皇の後を継いだ白河天皇が院政を始めたのが1086...