封印されたアジア大帝国

契丹は大帝国を築いた後に、
燕雲十六州まで後退しますが、
中国本土を統一した宋ですらも
契丹に毎年莫大な黄金と絹を貢じ、
何とか和平を保ったとされます。

北アジアの蒙古やトルコ系諸族はおろか、
中央アジアを超えイランやアラブからも
遼の全盛期に入貢があったとされます。

当時の契丹はそれらの諸国から
中国を代表する王朝とみなされ、
東大神族の復興をビジョンとした
活動のスケールの大きさが
いか程のものかを感じさせます。

古代東大神族についての思想は
古史古伝の範疇に入れられてしまい、
世界史で語られる事はありませんが、
契丹古伝を国史としたのであれば、
どの様な思想を元に運営したのかの
言及があっても良いものでしょう。

世界で最大の領土を支配したのは
チンギス・ハンとされており、
ヨーロッパの喉元まで脅かしますが、
アジアの民が優れた功績を上げた事を
取り上げるのを嫌悪したと言われます。

日本の朝廷もアジア側であるものの
信仰的には契丹サイドではないので、
これを取り上げる事を嫌悪して
鎖国下にあった事にした可能性は、
相応に高いのではと思っています。

現代の世界情勢は一神教勢力が
構築してきた物であるのなら、
契丹の歴史の隠蔽が世界規模で
行われた事になりそうです。

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