平成十四年に北野天満宮から
都に魑魅魍魎入るのを防ぐため、
蔵王権現の原型像を含むんだ
十三体の鬼神像が作られた痕跡が
発見されたと言う事です。
蔵王権現と言えば修験道の神で、
役小角が感得した謎の存在です。
小角は壬申の乱を天武天皇サイドで
戦った事が伝えられていますが、
先住民族祭祀に連なる存在なので、
天満宮と修験がどう関係したのか
明確にする事が必要でしょう。
壬申の乱が侵略戦争であった事は
何冊にも渡り多角的に書いており、
読んだ上で疑問が生じたのなら、
具体的な質問をお願いします
後醍醐天皇も蔵王権現との関係が
深かった痕跡が見受けられますが、
双方共に悲運の人物として伝えられ、
似た雰囲気を感じさせてくれます。
人なのに天神とされた道真公には、
後醍醐天皇にリンクする謎が
他にも存在しているのですが、
先住民との関係が道真公の伝承から
意図的に隠されたのであったなら、
その背景には何があったのでしょう。