家康が羅山に『中庸』に記されている、
「子曰く、道はそれ行われざるかな」の
解釈を聞いた事があったとされています。
一般的には道の理想は行われないと
解釈されていたとされていますが、
羅山は時の主君が暗愚であったので
道が行われない事を嘆いた記録だと
家康に答えたと言う話のようです。
ここの解釈は徳化による王道の政治を
実現が出来るのが徳川家康であると、
おべっかを使ったと考えられています。
しかし羅山がこの発言をしたからと言って
権力に迎合した表現だと断定しうるのは、
余りにも早計ではないでしょうか。
寺子屋では論語の様々な解釈を語らせ
その後に解釈をする事があったそうで、
なぜ様々な可能性を出し尽くした後に
検討されなかったのでしょうか。
羅山が家康をヨイショしたなら
狸親父の家康からは見破られ、
他の家臣からの非難も激しく、
要職につくのは難しそうです。
むしろ家康には心の持ち方如何で
王道の実現が出来るだろうとする
政治への姿勢を示唆したのであれば、
優れたアドバイスをした人物として
評価されるべきかも知れません。
やる事なす事徹底的に批判をし、
全く検討を加えようとはせず
悪者に仕立て上げる手法は、
歴史を見れば良くある話です。
国内で極悪人とされている人物が
海外で素晴らしい人とされる事は、
現代のメディアにも見られます。
日本は既にオワコンのG7側で、
BRICS側の情報も取らないと
世界に取り残されそうですが、
羅山の既存の見方ばかりでは
時代に遅れるかも知れません。
余りにも他を悪く言う人には
裏側がある事が多いですが、
様々な解釈が可能であるのに
羅山を悪くばかり言う傾向が
出て来たのは何故でしょうか。