春の訪れ

そろそろ桜が咲き始めてきましたね。

『花祭』にサクラのクラの意味が
神楽やイワクラのクラに関わると
書いた事があるのですが、
春を告げる花の姿に神を見ていた
古代人の感性には驚かされます。

見ているだけで息が深くなり
何かを感じさせてくれますが、
古代人が桜を重視していたのも、
神を感じる感性があった事と
密接に関係していそうです。

自然界を神の領域とする信仰を
先住民族が保持していた事は
実地調査で分かってはいますが、
実感が持てる経験をするのは
代えがたいものがあります。

スピリチュアル界隈では、
精神文明と物質文明の調和と
言われているようですが、
古代アジアには天地の神を祀る
特郊牲と言う祭祀が存在したので、
いまさら感はありますね。

大地を神聖なものとする郊祭は、
自然を神の創造物とする一神教と
相容れないものではあるので、
西洋主導の近代文明では、
完全に忘れ去られています。

大地が神聖であれば大地の恵みも
価値あるものとして扱うもので、
医者が自然治癒力の補助をする様に、
大地の生命力と協力する事により、
豊かな恵みを得る儀式が存在しました。

詩経』には農耕儀礼が幾つも記され、
古代の感性に触れる事が出来ますが、
川辺でゴミ拾いのついでに草を採っても、
地霊と対話している気分になれますね。

蓬やカラスノエンドウが咲き始めたので、
一足先に春の味覚を楽しんでいますが、
いよいよ明日は春分の日になるので、
自然のサイクルでは一年の開始です。

メディアではキナ臭い話ばかりですが、
太平洋戦争時の大本営発表の様に、
一日にして言う事を180度変えそうな
可能性も多少はありそうな雰囲気で、
いたずらに不安になるよりは、
地に足をつけて大地と向かい会う方が、
大事なものが得られそうな気もします。

一年の節目をどう過ごすのかは、
その年全体に影響するので、
春分の日にはメディアは捨てて、
どれだけ価値のある一年にするかを
考えてみては如何でしょうか。

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