『日本の思想』(岩波新書、一九六一年)には、
西欧やアメリカの知的世界で、今日でも民主主義の基本理念とか、民主主義の基礎づけとかほとんど何百年以来のテーマが繰りかえし「問わ」れ、真正面から論議されている状況は、戦後数年で、「民主主義」が「もう分ってるよ」という雰囲気であしらわれる日本と、驚くべき対照をなしている。
と記されていますが六十年以上経っても
余り変わっているとは言えなそうですね。
丸山眞男氏に言わせれば民主主義とは
「永久革命」によってしか成し遂げられず、
「もう分ってるよ」は民主主義とは言えない
状況にある事を意味していそうですね
丸山氏が尊敬していたとされる福澤諭吉は、
『文明論之概略』第九章「日本文明の由来」で
日本の文明を西洋の文明から分ける思想を、
「権力の偏重」と名付けています。
日本にて権力の偏重なるは、あまねくその人間交際の中に浸潤して、至らざる所なし。
権力の偏重は政府はおろか全国人民の気風とされ、
現代においても払拭されていない状況下において、
トランプ再選により自民党解体や高市政権など、
日本でも政治に対する議論が活発化しています。
この様な脆弱な基盤の上での政治議論が
どの程度のレベルの物であるのかは、
考えるだけで空恐ろしい物があります。
私が敢えて無料記事で江戸の神道を
広めようと考えた理由の一つは、
国民全体の基礎教育の基盤からして
問題が山積みの状況であるのに、
誰も触れないのを懸念してですね。
しかし丸山氏はこの福澤諭吉が、
「帝室論」と「尊王論」を除いて
十分論じなかった問題に切り込み、
更に深層の問題を提示しています。
太平洋戦争敗戦の翌年に発表された、
丸山氏の名を一躍高からしめた論文
「超国家主義の論理と心理」では、
天皇制の問題を正面から論じています。
彼はナチスのファシズムと戦前日本の
「超国家主義」の根本的な違いを説明し、
ドイツはヒトラーらの明確な意思ゆえに
責任の所在が明確であったものの、
日本は下位が従う上位の構造のトップの
天皇も万世一系の伝統で物事を決定し、
責任の主体が見えない事を主張しました。
慶応三年(1867)に岩倉具視氏が
「王政復古議」のなかで、
皇家は連綿として万世一系なり
とした事で万世一系が提唱されますが、
男系を原則としつつ非常手段として
女系天皇も認められてはいたものの、
井上毅らが女系天皇に反対した事から
男系の継承に限定されていきます。
万世一系を看板に掲げる事によって
責任を曖昧にする事が可能であれば、
運営に関しては大問題となります。
しかしこの程度の表層的な天皇論では
この国の深層を語る事は不可能であり、
徐福の時代からの歴史を研究して来た
私から言わせて頂くのであれば、
林羅山こそ古代から現代を繋ぐ認識の
断絶に関わるミッシングリンクです。
現代に生きる我々はこの断絶の上で
表層的な議論をしている可能性が
非常に強い状況にあるとすれば、
その悪害はどれ程の物なのでしょう。