度会宮と『先代旧事本記』

『先代旧事本紀』は平安中期~江戸時代中期に
『古事記』『日本書紀』と並ぶ古典とされ、
重要な史書として信じられて来たと言われます。

この書は古事記とほぼ変わりない内容で、
鎌倉幕府や南朝が外宮の伊勢神道を尊重し
政祭を行って来たとする私の研究からは、
外宮の出口延佳がこれを重視した話には
違和感しか無い事は分かるでしょう。

むしろ花祭に関係する渡会氏であれば、
古事記・日本書紀が編纂される以前の
歴史に関わって来たはずであり、
室町時代に外宮にも政治的な影響が
及んだと見る事も出来そうですね。

平安中期と言えば菅原道真の周辺や
安倍晴明の時代と重なって来ますが、
この周辺の時代の解釈となると、
私の研究を前提とするか否かで、
大きく異なる話になってしまいます。

道真の頃から契丹とヘレニズムの
復興を行っていたこの日本列島に
平家が侵略し歴史を書き替えたのが
私の出した結論となっています。

となるとこの書を偽造したのは
平家であった可能性が浮上し、
この書物を重視した人達の裏に
平家の残党が暗躍していたとする
私の日本のDS説に繋がります。

聖徳太子が云々とされた書物なので
推古天皇までしか記述が存在せず、
何故か後に本居宣長からは除外され、
古事記が尊重された背景も不明瞭です。

江戸時代には『先代旧事本紀』は抄本であり、
元となったとされる『先代旧事本紀大成経』が
世の中に出回り大事件を引き起こしています。

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