神馬

伊勢に参拝にいくと馬がいて、
神道における馬の由来が
気になっていたのですが、
詩経には「載驅」と呼ばれる
馬の登場する詩が存在します。

載驅薄薄 簞莽朱槨
魯道有湯 齊子發夕

四驪濟濟 垂輕沵沵
魯道有蕩 齊子豈弟

汶水湯湯 行人彭彭
魯道有湯 齊子栩翔

汶水滔滔 行人儦儦
魯道有蕩 齊子遊敖

本来は原文で理解した方が
翻訳するより価値があり、
明治までは普通に漢文を
活用していたそうですが、
漢字でニュアンスは掴めます。

この詞を見てみると、
綺麗に韻を踏んでいる事が
理解出来ると思いますが、
中国語の特性を有効に用いる
センスが高い事が窺えます。

詩経で用いられる様々な技法は
漢文独自のものではあるので、
理解した上で翻訳しないと、
欠落が出ては来ますね。

載駆薄薄は馬がパカパカと
音を立てて走る姿を表し、
魯国に斉の娘が嫁ぐ姿を
表現する詩とされています。

しかし巫女の神懸かりの説も存在し、
「載駆薄薄 簞莽朱槨」とあるのは、
興詞として神霊・祖霊の降臨を
表しているとも言われています。

詩経で仲睦まじい雌雄の姿は、
神と人と関係の例えとして
用いられる事があるとする説は、
中々に面白いものがあります。

馬の霊力はその主の神霊を載せて、
天地間の霊界を迅速・自由に
遊行するものであったろう

神霊は霊馬に車を駕かせて
祭場に臨むと信じられ、
馬(駒)の霊力は単に
主神霊の使者であるだけでなく、
主神霊を宥和して、
祭るものの行路を擁護することまでに
拡大されていた、と思われる。

そこで馬は『詩経』のうちでも、
なんらか神聖なものとして詠ぜられる。
その一つは、馬をもって神霊の来臨を
象徴することである。

と赤塚忠氏は記述しています。

徐福が詩を持ち込んでいたなら、
古代神道祭祀における馬は、
神聖な意味合いを持たされた
神使とされていたのでしょうか。

神社の絵馬も馬を犠牲にした事に
由来するとする説もありますが、
神に祈願を伝えて来臨を求め、
道を助ける存在とされていた
可能性もありそうですね。

馬にバっと乗ろうとして
滑った事がありますが、
言語の違いに起因する
微妙なニュアンスの差は、
解釈が難しいですね。

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