農耕祭祀の本を書いたのに、
ここからも大変ですね。
出版社に連絡を入れようか
色々と考えていましたが、
体の中に抱え込んでいると
死にそうな位キツいので、
1日も早く世に出さないと
マトモに寝れない状態です。
ただPDFに資料を作り直し、
おかしな表示が無いかの
チェックだけでも面倒で、
更に紙の表紙の作成すら
Amazonにダメ出しされ、
疲労困憊な最近です。
家にパソコンが無いので、
ネットカフェでの作業が
必要な事も多くあり、
豊川で入り浸っての
作業が出来なくなった
ダメージもデカいです。
最近は自家栽培した
野菜が育って来て、
毎朝食べていると
元気が貰えます。

100円で毎日食べても
食いきれない習慣で、
自家栽培してる俺
勝ち組な気分ですが、
ツボクサも生えて、
頭にも良い感じです。
毎朝野菜に挨拶をし
食べられている事で、
何とか体を保って
いられる感じですが、
自然は癒されますね。
橋で川を渡る時でも
挨拶してくれる様で、
川にも命や感情が
ある感じを受けます。

川の神と言いますが、
信仰と言うよりは
胸が切なくなる様な
恋愛に近い感じで、
強要はありません。
詩経を読んでいても、
古代祭祀に恋愛的な
切ない感情が伴う
表現がありますね。
現代は自然との調和も
概念的な語られ方で、
意識高い系で使われる
表現の感じがします。
歴史を研究していると、
普通に対話する対象と
認識されていた痕跡が
見受けられますが、
意味合が違います。
占星術や風水学などの
高度な学門の対象にも
なっている自然ですが、
ヘレニズムにおける
認識の相違は大きく、
問題がありますね。
自然農も自然界の
精霊や神々の概念は
度外視されており、
やはり西洋的な枠で
語られている傾向は、
結構ありそうです。
ただここから大幅に
逸脱してしまうと、
怪しい集団となって
危険視されかねない
リスクもあります。
まあ私は中二病なので
痛々しいだけですが、
ヘレニズムにおける
高度な学門との融合は
現代では余り見ません。
高度なのに牧歌的で、
人間性の重視された
ヘレニズムの復興は、
農業分野においても
著しい成果を上げる
可能性があります。
むしろであるからこそ
一神教勢力が必死に
捏造して隠蔽して来た
歴史であったのなら、
これからの世界には、
必須の物なのでしょう。
プランテーションの
源流をローマとし、
ローマの農業論から
おかしな動きが出た
歴史が語られてます。
これらが捏造であれば、
世界の農業史の見直しも
根幹からなされる事に
なって来るのでしょう。
既得権からは都合の悪い
研究なのは確かなので、
現状で大々的に広まる
可能性は薄そうですが、
少しづつであっても
逆転は進んでいます。
農業問題は世界的な
課題となっており、
この解決の流れを
この国から出せれば、
歴史的偉業でしょう。
これを各々の地方で
復興させる人達は、
新時代を作る人に
なり得そうですね。