役小角と弁財天

修験道の開祖とされる役小角は、
甲山南の目神山で弁財天を感得し、
六甲修験道を開基したとされます。

奈良の天川付近に住む四鬼氏を
唐櫃(からと)に移住させ、
六甲山を守護させたそうですが、
天河弁財天は有名ですね。

唐櫃に調査に行きましたが、
被差別部落を思わせる様な、
外部からの人の流入を阻む
閉鎖された雰囲気でした。

唐櫃に鎮座している多聞寺は、
六甲比命神社周辺を奥の院とし
関係する事を伝えていますが、
御祭神の系統を見てみると、
どう関係するかは不明です。

六甲比命大善神は弁財天か
吉祥天を御祭神としますが、
どちらも色々とある女神です。

弁財天は天河弁財天と関係が
有りそうな気もしますが、
平清盛も厳島神社に弁財天を
祀った事が知られています。

前者と後者では系統が違い、
後者はゾロアスター教の
水の女神に対応しますね。

吉祥天は毘沙門天の妻に
されている女神ですが、
行基に連なる修験道では
密教の女神になります。

目神山が六甲修験道の
根幹に関わる割には、
それ程重視されている
感じを受けませんが、
何故なのでしょうか。

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