儒教の奥義

林羅山は惺窩に儒教を学んだと
伝えられているのですが、
惺窩は一子相伝の儒教の奥義を
羅山でなく尺五に伝えています。

尺五が元和元年三十歳になり
奥義伝授されたとされる話は、
昌楽撰「行状」に見えます。

三十而請惺窩公伝周易・河図洛書・先天後天・
卜筮九図・太極図、及書・洪範九疇・春秋奥義。
是有一子相伝之誓里、不漏他子矣。

ここから周易と言う占いの書に
表に出ない奥義が存在したのを、
伺う事が出来るでしょう。

惺窩が李氏朝鮮の儒教を学んだと
一般的に言われてはいるのですが、
一子相伝の奥義を学んでいたなら
親から継承した可能性が高いです。

なぜ嘘が広められたかと言えば、
彼が南朝の官学であった朱子学を
継承した事を隠蔽したい勢力が
存在した可能性が考えられます。

残りの書物も非常に恐ろしく、
陰陽道に関わる文献が複数あり、
江戸時代の儒教の在り方には、
現代の認識とギャップがあります。

儒教をあの世を対象としない
合理的な政治思想とするのは、
余りにも皮相的な見方です。

祭祀や陰陽道的な領域にまで
及んでいたとするのなら、
羅山の伝えようとしたのは
表層的な政治思想ではない、
遥か深い物だったのでしょう。

しかし江戸中期から陰陽道は
土御門家がライセンスを出す
権利を得たとされています。

この周辺が余りにも危ないので、
必要以上に出すのを躊躇します。

安倍晴明の子孫とされる土御門が
陰陽道を統括し始めた時期には、
様々な出来事も起こっていますが、
これらが深層でリンクする以上に
現代まで通じる危険性があります。

私が日本のDSと言っている物が
ここに関わっているとすると、
国家転覆の裏の動きが存在し、
長期的・組織的な計画の下に
運営された懸念が浮上します。

この勢力からは儒教的な思想が
都合が悪かった可能性があり、
最終的に神道から儒教すらも
取り除く流れになったのなら、
現代人もその洗脳が解けずに
損害を被っているのでしょうか。

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