甫庵から藤樹の流れに見られる
一神教的な神観念や信仰は、
藤樹の高弟とされる熊沢蕃山で
天道・鬼神の福善禍淫の働きを
神明の報応必然と表現されます。
藩山は天道・鬼神を造物者・主宰者の
働きを持つ人格的な存在とした上で、
天道・鬼神への祭祀や祈禱を要求する
信仰を広めていっていたそうです。
段階的に要求が激しくなっており、
儒教と言いつつ内実は一神教に
徐々に誘導していく流れですね。
江戸時代に入る前の信長の段階から
この流れが出て来てはいますが、
信長は南朝を滅ぼした足利尊氏が
北朝天皇を立てた室町幕府を
滅ぼす流れに関わっています。
初期は室町幕府側だった信長が
敵対する側になったとされる
歴史自体が事実であったかは、
一神教的思想で信長を非難した
牛一への信頼度を考えても、
難しい要素はありそうですね。
この周辺を詳しく書いていくと
本一冊分にはなりそうなので、
詳細な説明は省きますが、
足利尊氏が平家の残党なら、
信長を悪者にした歴史の偽造も
平家がした事になりかねません。
厳島神社にペルシャの舞が
継承されている事を考えると、
一神教国家のペルシャ王こそ
北朝天皇になりそうです。
江戸末期の尊皇攘夷に至る
倒幕にための長期計画で、
少しづつ洗脳を進める事で
達成しようとした流れを、
見る事が出来ないでしょうか。
近年の思想的な流れにも、
少しづつ特定の方向に
誘導されている印象を持つ
話を聞く事がありますが、
歴史から学ぶ必要性が
あるのかも知れませんね。
嘘で塗り固められた新興宗教は、
既にマニモ教に対する批判で
語られている話なのですが、
この流れが現代日本にまでも
継続しているのが厄介です。
ブログ内検索で調べられるので、
見直してみては如何でしょう。