女性と大地

儒教では天を父とし地を母とすると言い、
ギリシャ神話でも大地母神ガイアが登場しますが、
地球を女神として扱う壮大なスケールではなく、
畑作業で鋤き返された地面を女性として扱う事は
多くの文化に残されています。

エジプトでは愛人に「私は土よ」と言う恋歌があり、
グイデヴダートは、未墾地を子供なき女に例えています。

キリスト教の十二世紀の讃美歌では、
聖母マリアを「耕すことなき地に果実をむすぶ」と歌い、
アニミズムではない一神教にも古代信仰の名残が伺えます。

中学生男子が何でも妄想に結びつけるように、
ヒンドゥー教では鋤きかえされたうねと種子を
男女の密接な関係に例えており、
この女は生きている畑のごとくして来たる、
汝男よ、その上に種子を播け、と言います。

フィンランドの諺に少女はその体内に畑を持つとあり、
古代世界において農耕は苦役や重労働ではなく、
性的なイメージを喚起させる行為であったようです。

性的な連想をさせる儀礼を行う事で
豊作を祝う呪術は古代世界で盛んに行われ、
裸の処女が鋤ではじめて耕したうねに作付けをする
デメテル女神に由来する儀式も行われたそうです。

ギリシャでこのような儀礼が行わなれていたなら、
徐福によりこの儀礼も持ち込まれた可能性があります。

畑作業一つとってもここまでイメージが違うなら、
農耕は豊穣の儀礼で楽しいイベントだったのでしょう。

高校で数学の公式に欲情する上級者の先生がいましたが、
私も負けず劣らずフロイト派と呼ばれていました。
公式より畑作業の方がイメージが持ちやすそうですね。

日本は食料自給率が低く危険な状況で、
自家栽培をしようとする人もいるでしょうが、
妄想を逞しくして楽しいイベントにするか、
仕方なく嫌々作業を行うかでは、
人生の質にまで影響してきそうです。

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