異形の王権

第二次世界大戦後の1960年代に著された
佐藤進一氏の『南北朝の動乱』による
社会的なインパクトは非常に大きく、
中国の皇帝を倣した独裁者であり、
時流を無視し現場を知らない政権と、
後醍醐天皇や南朝のイメージを作ります。

司馬遼太郎も1959年から数多くの小説を書き、
その影響力からこのイメージを流布するのに
多大な影響を及ぼしていますね。

ともかく殆どの政策がお粗末極まりなく、
政権に対する信頼を全方面から失墜したと、
滅びて当然の如く徹底的にこき下ろされます。

1953年、東京大学文学部助教授となった八年後、
「鎌倉時代より南北朝時代に至る守護制度の研究」で
文学博士となって半年もせず文学部教授となります。

権威に弱い日本人にはかなりの威光があったのか、
この学説が南北朝の研究のアウトラインとなり、
高校の教科書で採用される程の地域を確保し、
未だにこの影響が色濃く見えていますね。

これを更に芸術的にまで押し上げたのが
網野善彦氏の『異形の王権』(1986)で、
後醍醐天皇を悪のラスボスクラスにまで
その存在を格上げ(?)しています。

後醍醐天皇をヒットラーと同等とし、
真言立川流や邪悪な呪術を行う文観や、
悪党である楠木正成や異類異形の輩、
非人に至るまで取り込んで権力を得た
異形の天皇であったと主張とします。

怪しげな術を行う後醍醐天皇への批判は
ここに始まった事ではありませんが、
正道の花園天皇と異端の後醍醐天皇に
明確過ぎる程に分類しています。

これだと南朝の掘り起こしは、
野望に破れた悪の帝王の復活すら
イメージさせかねない雰囲気で、
中二病のロマンをくすぐりますね。

こうした研究が先行して広まったものの、
1990年代末から様々な研究者により、
疑問が提唱されるようになっていきます。

今後どうなるかと言った感じではありますが、
南朝と聞くとダークなイメージが思い浮かび、
未だに怪しい感じを受けるのではないでしょうか。

現代に直通する歴史のターニングポイントが
この様なイメージで語られている事の影響は、
メリット・デメリットで言えばマイナスで、
太平洋戦争終結後も日本人を根底から縛る
呪術が解消されていない様な感じを受けます。

よほど関心のある人でないと知らない
様々な研究が存在する状況の中で、
私の研究は更に斜め上ではありますが、
硬直した南朝研究に新たな流れを
打ち出す事が出来ればと思っています。

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