後醍醐天皇の無礼講

現代でも無礼講は用いられますが、
後醍醐天皇の行った無礼講は
ヌードパーティーの様なもので、
表面を偽装し鎌倉幕末を打倒する
議論を重ねたとされています。

儒学者たちが主催し僧侶も加わる
妖しくカオスな姿を伝えるのが
『太平記』の魅力でもありますが、
空想小説として読むには良いとして、
どこまでが事実なのでしょうか。

この無礼講はハニートラップのように
弱みを握られて反抗できなくなる等
様々な解釈が存在するようですが、
朱子学はハニトラに対する警告を
基礎から教えてはいます。

後醍醐天皇は朱子学を官学として
導入した事が知られていますが、
天の代理人としての責務があるとする
朱子学を基礎に置いたのであれば、
様々なところに矛盾が出てきます。

後醍醐天皇のみでなく儒者や僧侶、
武将などを含めた南朝関係者全員が
妖しい集団とするイメージを流すのは、
隠して事を進めるには微妙すぎて、
逆に関心を持たれそうではありますね。

間者はおろか男子高校生のノリで
忍び込まれてコッソリ観察されそうな
テンションの上がる話でありますが、
カムフラージュとしての効果はさておき、
太平記の作者はマーケターとしては、
かなりの凄腕ではあったのでしょう。

後醍醐天皇は政治の本筋ではなく、
その道ならぬ力を用いる事により
権力を得ようとしたイメージは、
真言立川流と言う妖しい呪術に
繋がって行く事になります。

と言うか後醍醐天皇を異形とする
最大の要素が立川流の存在で、
このイメージを成立させる目的が
背後に存在していたか否かは、
南朝の真相を追及する上において
避けて通れない話となります。

後醍醐天皇に怪しい性的な話が
つきまとっている背景を探ると、
立川流のダキニ天信仰が浮上します。

このダキニ天は日本の深層から
多大な影響を及ぼし続けた天なので、
後醍醐天皇の真相を解明する事は、
日本の根幹すら開示する可能性を
十分に持ち合わせている事でしょう。

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