ダキニと鎌足

藤原鎌足の名の由来の説話に、
誕生の際に白狐(荼吉尼天)が鎌を与え
鎌足と称し王の摂政となったとする
稲荷伝承が存在しているようです。

これは中世神道説の東寺即位法の中にある
『天照太神口決』(1328)一文なので、
後醍醐天皇による建武の新政の五年前に
ダキニの威光が記された事になります。

ダキニ天が空海が持ち込んだ天部なら、
大化の改新に登場する鎌足の時代には
ダキニ天は持ち込まれていない事になり、
何かしらの問題が含まれます。

後の時代の創作であったとしても、
天照大神に纏わるこの書の中に、
何故入れられたのでしょうか。

『天照太神口決』は伊勢の神宮の秘説を
智円律師が伝えたものを記した書とされ、
内宮でダキニ天が特別な地位にあった事が
この書を読む事で分かります。

天照大神の本地をダキニ天とする
独特な秘説を説くこの書には、
天皇即位の儀式でダキニ天真言を唱え、
ダキニ天と一体化する事で天皇となる
重要な根拠が提示されていますね。

後醍醐天皇は立川流を行じる事で、
髑髏本尊にダキニ天を住まわせ
シャーマンキングとなったなら、
本来の天皇の行法とは別の形で、
ダキニ天を信仰したのでしょうか。

この天部の周辺を探っていくと、
一筋縄では解けない問題が
存在している事が分かります。

空海が持ち込む以前からダキニ信仰が
天皇家に存在していたとするなら、
これはこれで問題が出てきますが、
ダキニの伝承を知ると更に問題があり、
下手に探るのも命懸けの存在です。

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