平清盛とダキニ天

『源平盛衰記』には平清盛と荼枳尼天と出会い、
一代限りの栄華を手にする話が載せられます。

清盛が蓮台野で狩りをしている時、
眼の前に大きな狐が現れ射ろうとすると
狐はたちまち貴黄女となり、
命を助けてくれれば望みをかなえると約束、
清盛は貴弧天王(財弁天)と思い、
礼拝し、吒枳尼天法を行じた。
外法を成就し一代限りの栄華を手にした。

貴狐天王は弁財天とされているので、
吒枳尼天=弁財天と認識されていたなら、
清盛の作った厳島神社の御祭神こそが
ダキニであった事になります。

『源平盛衰記』は後世に書かれた文学作品で、
清盛が荼枳尼天の修法を行ったとする資料は
現在のところ見つかってはいないようです。

以前、弁財天に二柱存在すると書きましたが、
厳島神社の祭はペルシャに由来しており、
こちらの弁財天がゾロアスター教の女神
アナーヒターであったと仮定すると、
こちら側のダキニ信仰の深層が見えてきます。

壬申の乱の後に唐から三つの一神教である
景教(ネストリウス派キリスト教)・
ゾロアスター教・マニ教が入ってきて、
古事記・日本書紀などに影響を与えます。

馬小屋で産まれた聖徳太子もキリストに由来し、
稲荷もINRI(ユダヤ人の王・ナザレのイエス)で
キリスト信仰を意味していしそうです。

天皇となる儀式でダキニの修法が行われるのは、
一神教信仰に由来するものだったのでしょうか。

弁財天に二系統あるならダキニ天にも二系統あり、
稲荷信仰も二系統存在するのでしょうか。
そうであれば後醍醐天皇の行ったダキニの法は、
どちらの系統に属するものだったのでしょうか。

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コメント

  1. ぽん より:

    わたしの理解では、ダキニはドラヴィダ属の大地母神です。以前調べた時どこかのサイトにそう書かれてるあったと記憶しています。が、今回は見つけることが出来ませんでした。

    途中を端折ってしまいますが、個人的には、ダキニはイザナミと似たような位置づけ(だったの)ではないかと考えています。

    あとからやってきた勢力との関係でおどろおどろしい存在として封印されていたダキニの本質を日本に持ってきたのが空海なのかもしれません。ただ、ダキニもイザナミも 宇宙の原初的な本質に近いが故に 安易に消費されては困るし、それらの存在をおとしめた者たちや価値観がつくる社会では本質を理解するものもほとんどいないだろうと考え、本質は守り隠して 貶められた偽のダキニを広めたのではないだろうか、と思っています。

    岩戸に隠れ騙されたふりをして出てきた(と私は捉えている)アマテラスにも通じるところがあるのではないでしょうか。

    空海以前にダキニ(の本質)が日本に入っていたとしても不思議ではありません。ドラヴィダ族の人たちも渡来しているでしょうし。

    dakiniの原義が、to flyを意味する言葉だったのは、今回の新しい かつ嬉しい発見でした。中国語で「空行母」。素敵な名前ですね。

    • Katsuyoshi より:

      ぽんさん初めまして。
      私のはあくまで研究の上での仮説なので絶対に正しいとは言い切れませんが、ダキニの正体は遥かにグローバルな存在だと思っています。
      アマテラスにも通じるのは研究していく過程で分かりましたが、アマテラスにも二系統あり複雑な領域があるので、『聖典の暗号』などを読めば多少は理解が出来ると思います。
      ダキニの真相にまで行きつけば南朝の本来の姿まで見えますが、一足飛びにはいかないので段階を追ってですね。

  2. ぽん より:

    ほんとうに、なにごとも一足飛びには行かず、一歩一歩ですね。ダキニの真相、南朝の真相は、もしかしたら、ある方が「倭僑ともよべるようなもよ」と書かれていたものともつながってくるのかもしれません。
    これからのご探求、楽しみにしております♪