『平家物語』の天狗

天狗には様々なイメージがあり、
山伏や怪異、増長した人物など、
ある程度の幅が認められます。

天狗にも四種類あるとされ、
本来の天狗は流星を意味し、
烏天狗、鼻高天狗などの
様々な天狗が登場してきます。

天狗が悪者とされたのは、
南朝と天狗が結びついた事で
南朝=天狗=悪の図式が
登場してきた事にあります。

『太平記』の巻27「大稲妻天狗未来記の事」は
愛宕山で崇徳天皇が国を乱す天狗の棟梁となり、
後醍醐天皇らも集まっていますね。

浜松方面には天狗伝承が多く、
奥山半僧坊は鼻高天狗で、
猿田彦がモチーフです。

修験の飯綱権現は烏天狗で、
狐に乗ったダキニに通じますが、
秋葉三尺坊も飯綱権現に由来し、
根幹がダキニに関わるなら、
稲荷にも通じますね。

南朝に天狗が関わる事から、
マイナスイメージが喧伝され、
南朝を怪しい異形の王朝として
認知させるのに一役買っています。

愛宕山の大天狗が悪巧みをする話は、
いかにも後醍醐天皇の怪しさを伝える
『太平記』らしい表現ですね。

天筒花火は元は流星と呼ばれる
星神であるスサノオの御神事で、
他の神社と天筒花火をする時、
御祭神が天照とスサノオなので、
ソリが会わずにダメになった事が
実際にあると聞いた事があります。

国譲りで天照大神が軍事指令を出し、
出雲を奪う神話が存在しますが、
天照と出雲神であるスサノオとは、
対立構図になっています。

岩戸開きや太陽神にも二系統あり、
この抗争の構図は一神教対多神教の
太古からの流れにありそうです。

南朝が出雲を復興させたなら、
出雲神の祭祀を行う者達を
天狗として悪く言うようになり、
これが定着したのでしょうか。

西洋では羽が生えた天使は
きらびやかなイメージですが、
羽を生やした天狗に関しては
高貴さを感じさせる記述はなく、
西洋とのギャップは酷いですね。

ユダヤ教の天使は見た目はよくても
神の名における徹底的な虐殺に関わり、
天狗の方が人間臭くてフレンドリーな
花祭の鬼神に通じる物を感じさせます。

花祭では天狗が襲ってくるからと
銃を撃っていた事があったそうで、
これは飽海神戸神明社で鬼と戦った
天狗にも通じていそうです。

こちらは鼻が高い天狗ですが、
猿田彦の太い鼻ではなく細長で、
西洋人の風貌を連想させますが、
鬼を退場した善神とされるのも、
歴史的背景を考えさせられます。

鬼も稲荷も天狗も復権させる神が
数多く存在してはいますが、
ほぼ南朝と関係しているので、
現代にまで多大な影響を及ぼす
日本史上の重要な分岐点として、
南朝研究は避けられない物でしょう。

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