豊川稲荷ダキニ天伝承の謎

太秦には奇祭の牛祭で有名な広隆寺があり、
牛に乗った摩多羅(マタラ)神が登場します。

深夜に東の門から青鬼と赤鬼を引き連れて
北斗七星が描かれた冠を被ったマダラ神は、
牛の角や北斗七星で伊勢外宮の鬼神と
密接に関係していそうな気配がしますね。

鎌倉時代に光宗が書いた『渓嵐拾葉集』には、
摩多羅神は摩訶迦羅天で吁枳尼天でもあると、
ダキニとの関係を明示しています。

天台宗の慈覚大師(円仁)が唐から帰国する際、
船中で摩多羅神を感得して勧請したのが最初とされ、
東海義易禅師が船で帰国する際にダキニ天を感得し、
豊川稲荷で祀る事となった伝承とリンクするので、
これらの伝承は共通のベースが存在したのでしょう。

伏見稲荷にあった愛染寺の初代天阿上人は、
ダキニ天と北斗七星との関係を指摘しており、
様々なところで共通の認識が指摘されるのは、
古代においてダキニ=北斗七星の信仰が
存在していた事がベースにあるのでしょうか。

豊川稲荷におけるダキニ天の縁起は
他の稲荷では見受けられない物ですが、
本来のダキニ信仰が根底に存在し、
後にその痕跡を抹消する捏造工作が
為された可能性は高いのでしょう。

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