2024年の花祭

1月2日にメルマガ読者と一緒に
奥三河の花祭に行きましたが、
花祭を見ずにこの国の歴史を
語る事なかれを実感しますね。

下手な教えを説かなくとも、
人として本当に大事な事を
感じさせてはくれるので、
世界に誇れる価値があります。

参加者全員が楽しきながら
一緒に掛け声を出す姿は、
地域の健全性を高めます。

年齢を越えて地域で子供を
育て上げる文化の価値は、
現代でこそ必要でしょう。

花祭で鬼神と一緒に楽しむ姿は
古の神との距離感を感じさせ、
今の神道は無意識的にでも、
一神教の影響を受けている
可能性が高い感じを受けます。

祭の動きも私の本を読めば、
山見鬼の山割が岩戸開きと
関係するかもしれないと
楽しみ方が増えるでしょう。

本来これが古代世界最大の
密儀であったとする説は、
岩戸開きの本に書きましたが、
花祭の本来の姿は田舎でなく
グローバルな価値がある事を
展開する年にしたい所です。

海外に向けての情報発信を
色々話をして来たのですが、
日本人に卑弥呼と言うのと
他の国に説明するのとでは、
前提からして違いますね。

バイリンガルで他国の文化を
理解している人を募集して、
海外でも理解される文章に
練り直す必要を感じます。

海外展開のためのスタッフを
募集しようと考えていますが、
このブログも数千人以上には
見られている状態なので、
集まりそうな気もしています。

論文となるとジャーナル掲載に
時間がかかりまくるのが普通で、
長期投資でやるのは良くても、
それだけでは厳しそうです。

やはりこの国の将来はこの国に
住民が主体的に取り組むべき
課題である事は間違いなく、
未来は自分達の手でこそ、
切り開くものなのでしょう。

花祭の本来の価値は世界史の
核心に関わり物であれば、
崩壊しかけている現代文明の
次に求められている物を、
この国から発信出来るだけの
ポテンシャルが認められます。

自然を搾取対象としてきた
一神教主導の文明の悪害は、
既に十二分に理解された
事象ではあるのですが、
叩くだけでは無意味なので、
何を出すのかが重要です。

鬼神が大地の生命力を
喚起する呪術を行う事で
五穀豊穣に繋がるのなら、
自然界との調和の概念も
根本から見直す必要が
出て来る事でしょう。

何より鬼神達と一緒になって
楽しめるのが素晴らしい事で、
盲目的な信仰とは一線を画す
素朴で大切な物が感じられる
祭の価値は余りにも甚大です。

年に一回地域で集まる事で
人間関係も培えますが、
案外と花祭には凄い人達が
観に来ていたりしますね。

私も劇団関係者や万博関係、
海外で日本の本を書いている
教授等とも知り合っていて、
別の意味でも楽しめています。

本来は全国区で行われていて、
外宮の古代祭祀でもあるので、
復興すればこの国の未来が
素晴らしい物になるでしょう。

元旦早々どこかの誰かが
元旦にガンタンクなどと
訳の分からない事を書いた
結果なのかは分かりませんが、
大災害が立て続けに起きて、
悲惨な一年を連想させます。

しかし花祭に行った身からは、
今年が素晴らしい一年になる
気運を十分に感じています。

つまらない事に引きずられて
悲惨な一年にしてしまうより、
良い一年を創造していく方が、
遥かに価値が高いでしょう。

この価値を全国に広める事で、
新たな時代を創造する一年に
していけたらと考えています。

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